では脱いでもらいましょうか
「……っ! ウィル! ウィル!」
頬にかすり傷を受け、その場に崩れ落ち、倒れ伏してケイレンを繰り返すウィルの姿に、セラは血相を変えて御者台から飛び降り、その傍らへと向かう。
倒れたウィルしか見ていないセラの行動は、フォケナスからは完全に無防備であり、その爪を軽く振るうだけで、セラの肉体はウィルの側に転がり、魂は神の御元にいくことになるだろう。
セラと違い、ユリィとリタは冷静さを失うことなく、共に護身用の短剣を抜いて身構え、フォケナスの動きと攻撃に備えてはいる。しかし、二人は冷静さを失っていないがため、今のフォケナスにダメージを与えるには、伝説級の聖剣、魔剣の類が必要であり、武器屋で買った中古品など役に立たないことも理解はできていた。
ユリィとリタの存在など牽制にもなっていないのだが、フォケナスはセラの行動を妨げず、
「ウィル、しっかりしてくださいっ! お願い! 死なないでっ!」
倒れたウィルの傍らに両の膝を突き、その瞳に涙を浮かべて必死に呼びかける。
初歩の回復や守りの御業しか使えないセラは、まだ解毒の御業を使うことができない。ただ、仮に使えたとしても、ウィルのスキルが生み出した毒は、並の御使いが打ち消せる域になかったし、
「……名演技なのは認めますが、それはそこの娘を悲しませるだけですよ。無駄な演技も抵抗も止めてはどうです?」
フォケナスの指摘を受けるや、ウィルはケイレンを、いや、ケイレンに見せかける動きを止め、起き上がる。
「えっ! えっ?」
状況と展開を理解できぬセラは、平然と立ち上がって、護身用の短剣を抜いて身構えるウィルを、目を丸くして見詰めるが、それも驚きが去って冷静さが回復していくと、自分だけがまんまとだまされたのがわかった。
毒の力を宿した穂先は、フォケナスの口の中ではその効能を残していたが、吐き出された瞬間にはウィルがその効能を消していたので、ウィルは単にかすり傷を負っただけで、自らの毒を受けることはなかった。
自らの毒を受けなかったウィルが倒れて見せたのは、自滅したように見せかけ、フォケナスの隙を突くためだったのだが、ウィルの作戦と演技を見抜いてのけ、油断も隙も見せることのなかったフォケナスの言葉どおり、その名演技は無駄にセラを悲しませるだけで終わってしまったのだ。
無論、演技のみならず、戦闘ももう終わったも同然だ。
短剣を構えてはいるが、そんなものが通じないのはわかり切っている三人に対して、
「さて、では脱いでもらいましょうか」
「ユリィ! リタ! 逃げろっ!」
フォケナスがそう要求するや、ウィルは二人に逃走を促しつつ、短剣を手に踊りかかっていく。
せめて、ユリィとリタが逃げる時間だけは稼ごうとしたのだが、そんなウィルに向かってフォケナスが左右の爪を振り上げたので、
「……うがっ」
頭上の爪に反応して、とっさに身を低くしたところに、フォケナスの膝蹴りを顎に食らったウィルは、白目を剥いて倒れる。
膝に確かな手応えを覚えたフォケナスは、それを演技でない判断するや、ユリィとリタへと走って一気に間合いを詰める。
一挙に距離を潰された二人は短剣を振るうが、フォケナスはそれらをあっさりとかわすと、両腕を二人へと伸ばして白く細い首をつかみ、片手で二人をそれぞれ軽々と持ち上げた。
「……かはっ」
首をつかまれて持ち上げられているだけではなく、指先で頸動脈を押さえられているユリィとリタは、苦しげな表情ながら短剣をフォケナスに何度か突き立てるが、その刃は通らず、ほどなく二人はぐったりとなって動かなくなる。
気を失ったユリィとリタを、思いの外、丁寧に地面に下ろすと、
「……ふ、二人に、て、手を出さないでください」
仲間が、ゴブリンの大群を蹴散らした仲間たちが倒され、愕然とその場にへたり込んだセラは、体と声を震わせながらもフォケナスの暴挙を、いや、暴行を制止しようとする。
もちろん、仲間に比べて無力なのを理解しているセラは、自分へと向いたフォケナスの視線に息を飲みながらも、
「……わ、私が……私が、お、お相手します。何でもします。だ、だから、二人に手を出さないで……まずはふく、服を脱げばいいのですか……?」
神に捧げた我が身を汚されたいわけではない。だが、何もできず、何の役にも立たない我が身を、せめて仲間を守るために使わんと、必死にフォケナスの矛先を自分に向けようとする。
セラが勇気を振り絞った申し出と挺身に対して、
「言いたいことはわかるが、そんなつもりはない。おとなしくしていなさい」
しかしフォケナスの視線と矛先は、無情にも仲間へと向けられた。
そして、フォケナスの魔手はセラの目の前で、大事な仲間の一人、ウィルへと伸びていった。




