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最も恐るべきは、社会という魔物

「雇う側の気持ちと打算はわからんでもないが、足元を見られて雇われる側としては、あんなブラックな仕事場、たまったもんじゃない」


 入社早々、自主退職した勤め先のことを思い出したか、ウィルは怒りに震える声で吐き捨て、


「あんたは足元を見られたぐらいですんだけど、こっちは足を開かれそうになったんだからっ!」


「まったく、あのエロ親父! まあ、やたらこっちの胸元を見てくるから警戒していたけどっ!」


 憤まんやる方なしという風にユリィどころか、口数の少ないリタまでセクハラ被害を激白する。


「いったい、何があったのですか?」


 教会で育つ間に出家して、俗社会とも就活とも無縁なセラが問う。


 労働基準法などないこの世界において、雇用主は暴君のように振る舞うのは可能だ。ただ、どんなワンマン社長でも遠慮する社員が主に二タイプ存在する。


 一つは、丁稚奉公から番頭にまで昇り詰めた者。


 もう一つはコネ採用した者。


 前者は単純に長きに渡って勤めて出世しただけあり、会社のことを熟知していて、その会社になくてはならない存在ゆえ、辞められたら困るので、雇用主も遠慮や配慮をするのだ。


 後者は親かその知り合いのツテで就職してきたので、ヘタな扱い方をすると、そうしたツテのある相手ともめることになりかねず、無茶な労働を強いることをためらうのだ。


 ウィル、ユリィ、リタは神父様の紹介状を持って就職したので後者に属するのだが、問題は三人が孤児であった点だ。


 孤児院は教会が兼ねているケースが多い。育てるのに困った子供を教会の前に置いて行くケースが多いからだ。


 聖職者とはいえ、人格者ばかりではない。だが、世間体として、捨てられた子供を無視するわけにも追い払うわけにもいかず、仕方なく拾って育てる。


 幸いウィルたち、セラも親がいなくとも愛されて育ったが、そうでない孤児院の方が多いので、教会も世間も卒院を厄介払いとみなす。


 そうした基本認識と、孤児には親元という帰る場所も後ろ盾もないことを知る雇用主は、親のいない働き手に過酷な労働を強いる。そう扱っても親が文句を言い来ることもなければ、戻る場所がないので我慢してくれるからだ。


 こうなると、就職した孤児の選択肢は二つ。ひたすら我慢するか、そこを飛び出すか。


 当然、勤め先を飛び出した孤児が再就職しても、大抵は過酷な労働か、より過酷な労働が待っている。これでは労働意欲、マトモな生きようとする気持ちは薄れ、犯罪者か裏家業に身を堕とす。


 それが孤児の悪評につながり、雇用主が偏見を募らせ、その労働環境は悪化する。この悪循環がこの世界の現実だ。


「体のあちらこちらを触られても我慢していたけど、さすがにベッドに引っ張り込まれそうになったら、金的の一つもかますよ。で、そのまま荷物まとめて飛び出した」


「うちは穏便に、投げ飛ばすくらいに留めたけど、そのままおっても次は何人かで押さえ込まれるか、薬を盛られるか目に見えていたんで、飛び出したわ」


「オレの勤め先は二人と近かったからな。こきつかわれていてうんざりしてたし、二人が飛び出したのを耳にしたのを機に合流したわけだ」


 三人の体験談を聞きながら、セラは先に卒院した兄や姉たちのことを思い起こす。


 彼らの何人かは、卒院の際に少しでも仕送りをして、育ててもらった恩を返すと口にしていた。これがセラの職業と将来の選択に影響している。


 しかし、現実には銅貨一枚も便りの一枚も送られることはなく、兄や姉、全員と音信不通になっている。それどころか、勤め先の主が教会に怒鳴り込んで来て、金を盗んで逃げたと信じ難いことを喚き散らすのを耳にしたことさえある。


 兄や姉の不人情や犯罪が信じられなかったが、ウィルたちが語る酷い実状があるのなら、少しは得心がいくというもの。


「あんな勤め先、辞めたのに未練はないが、問題は再就職と神父様の顔に泥を塗ったことだ。事情を話せば、神父様は許してくれるだろうが、これ以上、世話になるのも気が引ける。だが、試しに何軒か新しい勤め先を探したが、孤児と告げるとどこも態度が一変した」


「で、話し合った末、この際、神父様にウソをつくのもやむ無しとしたのだ」


「黙っていましたが、うちらは子供の頃から冒険者に憧れていました。危険な仕事ゆえ、神父様や皆に心配をかけたくなく諦めようと思いましたが、やはり夢を諦め切れなかったようです。神父様に心配と迷惑をかけるのを承知で、三人で夢を追うことにします。どうもすみません。まる」


 リタが育ての親に送った、偽りの文面を口にする。


 ちなみに送った便りはそれだけではなく、神父様に届かぬよう、孤児院に裏面の事情を記した手紙も送っている。


 弟や妹たちに真実を伝えておけば、神父様に色々とフォローを入れてくれる。何より、自分たちと同じ勤め先で同じ苦しみを味合わずにすむ。


「神父様の性格から大丈夫とは思っていたけど、それでもお許しの手紙が届いた時はホッとしたよ。心配だから、定期的に便りを寄越して欲しいとは書かれていたけど」


「それは、まあ、色々と大変でしたね」


 世知辛い事情と工作に、セラは口にできた感想は、それのみ。


「まあ、この世で最も恐るべきは、社会という魔物だからな。その意味では、今回の仕事の本番は、明日よりこれからってことになるな」


 ウィルの言うとおり、彼の、否、四人の目の前には、ありふれた辺境の村モーグが見えてきた。


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