走ってください! お願いしますから!
「セラ! オレたちが時間を稼ぐ! オマエは子供を連れて逃げろっ!」
ウィルがセラに逃走を促し、
「……取るに足らぬ偽りよ! 数多の刃を成せ!」
ユリィが奥の手を切る中、リタはサラマンダーらを動かし、獣人、否、超獣人となったフォケナスに対して一斉に炎を吐きかけさせる。
二十五体にも及ぶサラマンダーの集中砲火。その圧倒的な火力によって、フォケナスの全身は炎に包まれて燃え上がる。
ただし、身にまとう黒い神官服のみ。
フォケナスを全裸にした炎だが、その身は全く火傷を負うことはなく、毛一本も焦がすこともなく、
「グオオオンッ」
逆にフォケナスが咆哮を発した途端、二十五体ものサラマンダーが一瞬でかき消える。
「なっ! 走ってください! お願いしますから!」
セラが大いに焦るのも当然だろう。
ウィルの指示に従い、後ろ髪を引かれる思いながらも、荷馬車の御者台に飛び乗り、手綱を握ったセラにより、肝心の荷馬はやっと眠りから目覚めたばかり。
無論、ウィル、ユリィ、リタがそれなりに足止めができたなら、セラたちだけでも逃げることは可能だろう。しかし、サラマンダーを消滅させたフォケナスは、ユリィが次々と放つ偽りの魔剣を雨あられと食らいながら、ユリィを上回る俊足を見せているのだ。
このままでは、セラが荷馬車を方向転換させるよりも早く、フォケナスの接近を許してしまうだろう。
「槍先に宿れ、破軍の力」
当然、そうはさせじと、ウィルはユリィの短槍に最も攻撃力の高い能力を用いて投じるが、フォケナスを吹き飛ばすどころか、その疾走をわずかでも遅らすこともできない。
ユリィの放った偽りの魔剣も、全弾、命中したにも関わらず、わずかなダメージも遅延も生じることはなかった。
それでも、ユリィは弓矢で、リタは精霊魔法でフォケナスを攻撃するも、ついに肉薄されてしまい、
「ハッ」
槍を手にウィルが迎え撃つ。
ウィルの突き出した槍の穂先は、フォケナスの振るった右の爪であっさりと切り飛ばされてしまう。
が、今、切り飛ばされ、宙を舞う槍先には、魔法や能力を解除する力が宿っている。その穂先、否、力に右の爪が触れたフォケナスは、しかし何事もなかったかのように、左の爪をウィルに振るう。
ウィルの能力は絶対でも万能でもない。例えば、ディスペルのような魔法を打ち消す魔法を防ぐ手立てはあり、そうした効能を有した魔法や能力には、ウィルのこの力も通用しない。
それだけではなく、ウィルの能力が相手の魔法や能力に大きく及ばないと、何の効果も発揮しない。
だが、前者だろうが後者だろうが、ウィルのするべきことは変わらず、辛うじて左の爪をかわすと、棒切れとなった自分の槍を捨て、リタの短槍をフォケナスの口の中を狙って突き出す。
毒の力を宿した短槍を。
そして、短槍は狙いどおりに口が閉じるより先に穂先は口内へと入り、
「……ぶっ」
超獣人の牙に噛み砕かれ、さらに砕かれた穂先を吐き捨てた際、そのカケラがウィルの左の頬をかすめる。
毒の力を宿した短槍の穂先のカケラが。




