治癒に専念してくれ
ゴバイルのヘタな交渉や甘言に惑わされず、ウィル、セラ、ユリィ、リタは結局、十人の子供を乗せた二頭引きの荷馬車を走らせ、引き取り手である教会へと向かった。
経費削減の一環だろう。御者は雇わず、荷馬車の御者はウィルたちが交代で務めている。
もっとも、セラだけは荷馬車の手綱を握っていないが、彼女の精神状態からすれば免除せねばならないというもの。
御使いとしてまだまだ未熟なセラは、潰された目や切り落とされた耳に手足を元に戻すことはできない。骨を砕かれた場合も手に余る。
だが、骨折や打撲、裂傷までなら何とかできるので、ゴブリンの暴力の跡をなるべく消さんと、子供たちに何度も癒しを施した結果、気力が尽きたセラは気を失い、現在、御者台で手綱を握るウィルにもたれかかり、寝息を立てている。
荷馬車を止めて地面か、あるいは荷台で横にせねばマトモな睡眠は取れず、セラの精神力は満足に回復しないのだが、荷台は子供たちで一杯、荷馬車を止めればその分、行程に遅れが出てしまう。
それでも、ちゃんとした姿勢でないものの、一眠りしていくらか気力が回復したか、
「……すいません」
目を覚ましたセラは、ウィルにもたれかかっているのに気づき、顔を赤くして、肩に乗せていた頭を慌てて離す。
「気にするな。それどころか、あいつらを治すためならいくらでも協力する。セラは治癒に専念してくれ」
ウィルは荷馬車を動かし、ユリィとリタはその左右を歩み、周囲を警戒している。
一同は街道を進んでいるが、治安のそう良くないこの一帯のこと、夜に限らず、今のような日中でも野盗が出かねない。
まあ、冒険者が護衛につき、荷台に汚ないガキしかいない荷馬車を襲う野盗がいるとは思えないが、警戒しておくに越したことはない。
それを思えば、セラの御業を温存すべきなのだが、ウィルたちは敢えて愚かな選択をすることにした。
失った耳目や手足を元に戻すことは、セラにはできない。しかし、そのような体とはいえ、傷の痛みを放置するより治す方が良いし、骨が折れているより折れていない方が不便ではないはずだ。
「教会に送り届ければ、衣食住は何とかなるはずだ。オレらにできるのは、それまでに新たな環境で少しでもマトモに暮らせるようにしてやることぐらいだ」
ゴバイルがボロを出してくれたおかげで、ウィルたちには今回の取引について、だいたいの全容が想像できている。
いかに孤児とはいえ、表立って売り払うわけにはいかない。それゆえ、悪事の片棒を担ぐような教会との間に、表面的には孤児を引き取るという話をまとめ、孤児たちを送り届ける途上で、買い手が商品を回収する。
当然、孤児たちを護衛する冒険者は取引について知らされていないから、買い手の商品回収を妨げるだろうが、そこは護衛の依頼額を低くすることで解決を計った。
安い報酬となれば、新米の冒険者しか引き受ける者はいない。つまり、買い手が新米冒険者を蹴散らせるだけの戦力を用意すれば、取引は何事もなく成立する。
商品は買い手にさらわれたということで落着し、グライスとゴバイルの手に商品代金が密かに渡る。そこから教会にいくらか謝礼を払えば、孤児たちと犯罪は闇の中に消えて終わりとなる。
無論、ウィルたちに孤児たちを闇の中に沈ませる気はないが、犯罪計画を表面化させる気もない。むしろ、この犯罪を逆手に取り、孤児たちの救済に利用するつもりだ。
今回の取引の成否は、買い手に商品が渡るかにある。つまり、買い手の戦力を新米冒険者が蹴散らせば、孤児たちは教会に引き渡されることになる。
教会ほど外面を気にする商売はない。表面的に引き取る手はずを整えた以上、孤児たちを連れて行けば引き取らないわけにはいかないというもの。
その教会は話が違うとグライスやゴバイルにねじ込むであろうが、世間体から仕方なく孤児たちを引き取ることは引き取るだろう。が、あくまで仕方なく引き取った経緯から、邪魔者、厄介者として扱うのは目に見えている。
それでも、孤児たちの最低限の生活はこれで保障される。
無論、マトモでなくなった体で最低限の生活をしていく孤児たちの未来は明るいものではない。だから、襲撃があるのを予想しながら、セラという回復手段を温存せず、欠損を抱えた孤児たちが少しでもマシに体を動かせるよう、マシに暮らしていけるよう、後先を考えずにセラの御業を孤児たちに用いているのだ。
ゴブリンの大群を蹴散らせる力があろうと、権力や財力といったもののないウィルたちが孤児たちにしてやれるのは、ここまでだ。
もちろん、セラが気を失うまで孤児たちを癒そうが、荷馬車の行く手に現れた買い手たちを蹴散らせねば、グライスとゴバイルが祝杯を挙げる結末が子供たちに待っている。
「……最悪、オレたちが時間を稼ぐ。ヤバくなったら、セラは子供たちを連れて逃げろ」
荷台の孤児たちに聞こえぬよう、ウィルがセラに耳打ちするのも無理はないだろう。
街道の途上、人気のない辺りで待ち構えていた、襲撃者の数は六つ。
その内の五つは、マンティコア。
一頭でベテラン冒険者のパーティ一つと互角に渡り合えるほど、強力な魔獣なのだから。




