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少し疑問に思っただけですよ

 ミューゼの村からのゴブリン退治の報酬を受け取って以降、戦利品の売却、借家探し、家具の運搬、新居の調整など、ウィルたちは色々とやることがあり、四人が冒険者ギルドに行くのは久しぶりのことであった。


 今回はコラードのツテで紹介してもらった運送の仕事があり、サリアは同行していないが、朝から冒険者ギルドの中に足を踏み入れたウィル、セラ、ユリィ、リタの四人に対して、これまでと違って人々の視線が集中した。


 まだ朝も早い時刻ゆえ、ギルドでたむろする冒険者の姿はまばらながら、その全員が、さらにベルリナ以外の職員も四人を注視したとしても無理はないだろう。


 壊滅状態のミューゼなどの村々から冒険者が引き上げてから、そちらに関する依頼がないこともあり、冒険者たちが足を運ぶこともないので、直に見聞きした者は一人もいない。だが、そちらとスウェアの町を行来する兵士から、現地の話は伝わってきている。


 現場にはいくつもの村を滅ぼしてもおかしくない数百というゴブリンが骸となって転がっており、しかもその大半がミューゼの村の内外に集中しているという話は、ウィルたちがミューゼの村に最後まで残っていたという点も、合わせて耳にした冒険者たちを大いに困惑させた。


 ウィル、ユリィ、リタの能力も戦いぶりも実力も知らない者からすれば、新米冒険者がゴブリンの大群を蹴散らしたなど、とうてい信じられる話ではない。何かしら、うまく立ち回って切り抜けたと考える

のが普通なのだが、その普通ですら並の新米冒険者のできることではなかった。


 ただ、どう立ち回ったか、その点がわからなければ、単に運に恵まれていただけとも考えられ、純然と一目を置くことができず、自然と戸惑いつつ探るような視線が四人の新米冒険者に集中することとなったのだ。


 値踏みするように周りから見られ、いかにも居心地が悪そうなセラと異なり、ウィル、ユリィ、リタは平然とベルリナから聞かされた件の依頼票を手にし、いつものようにギルドの片隅に移動して、相談するふりをする。


 条件の悪い依頼をそのまま受付に持っていくなど怪しすぎる。この依頼を出した者に後ろ暗いところがあるなら、不自然な振る舞いは疑念を招きかねない。


 だから、セラ以外はいつもと変わらぬ演技を一通りしてから、ウィルたちが依頼票を手に冒険者ギルドの受付に足を向けた時には、いつものベルリナの姿はなかった。


 年の頃は二十代半ばくらいだろう。背は高いが細身で、目も細い、糸目の青年の姿がギルドの受付にあった。


 今、冒険者ギルドの受付を担当する人物がグライスという名であるのをウィルたちが知っているのは、グライスがスウェアの町の冒険者ギルドで若くして要職にあり、十年後のギルド・マスターと目されているからだけではない。


 ベルリナが件の依頼に深く関わる同僚として、強く注意を促した人物だからだ。


 黒い噂はあるが、切れ者でもあるグライスは、冒険者ギルドにおいて大きな権限を有している。だから、ウィルたちが件の依頼票を手にするや、強引な理由でベルリナを受付から別の仕事に行かせ、自身がそこに座るなど造作もないことであった。


 緊張が顔に出ているセラをユリィが自分の体でグライスの視線を遮りつつ、ウィルとリタはいつものベルリナの姿がないことを少しいぶかしがるふりをしながら、


「この依頼を受けたいんだけど?」


「ほう、この依頼ですか」


 カウンターに置かれた依頼票を見て取ったグライスは、少し考え込むポーズを取る。


「何か問題でもあるのか?」


「いえいえ、少し疑問に思っただけですよ。皆さんはゴブリンの大群を追い払った冒険者の方々でしょ?」


「そういうことになっているが、しかしこれはオレら新米でも受けていい依頼だろ」


「その点は、いえ、全ての点において問題ありませんよ。ただ、新米とはいえ、皆さんは腕の確かな冒険者なのだから、もっと割のいい依頼を受ければいいのに、と思いましてね。実際、身の丈にあっていない依頼を受けようとする人の方が多いですから」


「それはオレも、いや、オレたちも考えなくはなかった。けど、この依頼の内容がどうにも気になってな。何しろ、オレたち全員、孤児院の出なもんでな」


 後ろ暗いところのあるグライスが探りを入れている可能性があるが、ウィルの返答に偽りはない。


 実際、ウィルたちがベルリナの頼み事を引き受けた最大の理由は、四人の出自によるところが大きい。


「……そうですか。ギルドとしては、この手の割の良くない依頼は受けてくれる方がおらず、悩みの種として残ることが多いので、皆さんが引き受けてくれるなら、こちらも助かります。では、皆さんの健闘を祈っておきますね」


 後ろ暗いところがあるなら、腕の立つ冒険者が孤児に肩入れするのは歓迎すべき事態ではないのだが、グライスはウィルたちに別の依頼を勧めるようなマネはせず、テキパキと依頼票を処理してウィルに手渡す。


 ウィルたちの出自を知り、ヘタな「説得」はボロを出すだけと判断し、歓迎すべき事態ではないのを受容したとも考えられるが、ウィルたちとしてはそうと確信を得られぬまま、冒険者ギルドの出入口に向かうしかなかった。


 話を持ってきたベルリナは思い過ごしかも知れないと言っているのだ。これでグライスがボロを出さないなら、冒険者ギルドにいても意味がない。


 担当のお役人様の元に行き、確信を得るしか残された材料はないのだから。



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