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オレたちより強い弟や妹の方が多いぞ

 逃げ去っていないゴブリンを見つけ出していき、その夜、ゴブリン・ファントムを含む三十四匹を討ったウィルたちは、その三十四匹の武器や所持品を回収してから、ノーセンやサリアに報告を終えてから交代で仮眠を取った。


 新たな死者を出すことのなかったミューゼの村だが、完全に日常性を失った村人たちの顔は、常のサリアのように暗い。


 スウェアの町からの救援や他の村からの連絡もなく、ウィルたちも引き続きの警戒を呼びかけているので、緊張を解くことができないのだ。


 再三に渡る村人たちの「こんなにゴブリンを倒したのに、まだ大丈夫じゃないんだか?」という問いかけに、ウィルたちが「大丈夫」と答えないのは、いい加減なことを言えないというのもある。


 情報の整理前とはいえ、楽観視できない現状をいくらか察して、気休めすら口にできないと判断したからでもあった。


 ウィル、セラ、ユリィ、リタは仮眠を取った後、ミューゼの村から提供されている一軒の空き家で、戦利品をいくつか並べているが、四人は収益の計算をしているわけではない。


 現状と情報の整理を行っているのだ。


 まず、ノームの召喚の維持を止めねばならなかった、村長宅での状況をリタが語った。


「あのノーセンとかいうオッサンに抱きつかれたから」


 そう切り出した後、順序だって話すところによれば、逃げ惑うゴブリンの一匹がウィルたちとすれ違う形で、村長宅にやって来た。


 そのゴブリンを見て、恐慌状態に陥ったノーセンが土間に逃げ込んでリタに抱きついたために、抱きつかれた方は精神集中を乱してしまったが、この点でリタを責めるわけにもいかない。


「ただ、あのオッサンを責めるのも可哀想だ」


 リタがそう庇うほど、抱きついて来たノーセンは異常なまでに怯えていたとのこと。


 それゆえにすぐに突き放さなかったが、何とか怯えるノーセンをなだめて引き剥がし、リタが玄関に着いた時には、村人たちにゴブリンが倒されようとしていた。


 元々、一対一なら村人の方が強いのだ。発破をかけるサリアも含めての五人がかりであり、リタが精霊魔法による援護は必要なしと判断するほどの優勢な戦いぶりの末、ウィルが駆け戻って来た時にはサリアたちに討たれたゴブリンの骸が転がっていた。


 後はウィルとリタが村長宅から出ていき、探していたユリィとセラが五匹のゴブリンの弓矢に狙われていたので、慌てて援護に入って合流を果たしたというわけである。


 実のところ、戦闘時の話すべきことは別行動していた際の状況を互いに語るだけで、それ自体は大して重要なことではない。


 今、ウィルたちにとって重要な情報源は、昨晩と一昨晩の戦利品、その違いだ。


 四人の前にはゴブリン・ファントムの振るっていた、使い込まれて手入れされた剣と、ゴブリン・ウォーリアの持っていた錆ついた斧がある。


「これだけなら、たまたまゴブリン・ファントムが良い武器を持っていただけ、と考えられる。が、他の戦利品を見ると、その可能性は低いだろうな」


 ウィルの言うとおり、一昨晩のゴブリンは棍棒や石斧といった粗末な武器ばかりなのに対して、昨晩のゴブリンの武装は古いが手入れされた鎌、薪割り用の斧などに加え、錆のついてない小振りな剣や槍といった、ゴブリンの武器にしてはやや上等なものだった。おまけに、昨晩のゴブリンは硬貨や小物を持っていることが多かったのである。


「つまり、どういうことなのですか?」


「あくまで想像だが、ゴブリン・ウォーリアらはミューゼの村に単に襲いかかって来ただけだが、ゴブリン・ファントムらは他の村を襲った後に、ここに押し寄せたと考えられる」


 昨夜、襲撃をかけて来たゴブリン・ファントムの率いる一団は、それ以前に別の村を襲って、そこで掠奪した物で武装を整えたと考えるのが自然だ。今、この辺りの村はどこも冒険者がいるので、ゴブリン・ファントムが持っていた剣は、冒険者から奪った物なのだろう。


「ゴブリン・ファントムやゴブリン・ウォーリアのような上位個体がこの辺りのゴブリンをまとめ出したのは、最近のことなのだろう。だから、オレたちはゴブリンの巣穴に行っても空振りとなった」


 状況証拠のみだが、ウィルの推論は納得できるものがあり、セラは無言でうなずき、ユリィやリタも異論を唱えることはなかった。


「上位個体があの二匹だけなら、もう何の心配はいらない。普通のゴブリンには、小さな群れしか形成できないからな。だが、ファントムやウォーリアより上位の個体がいた場合、話が変わってくる。それならば、またゴブリンが押し寄せて来るのは確実だ」


 この一帯のゴブリンは最低でも二百。だが、ミューゼの村に押し寄せて来たゴブリンは合わせても百。逃げていったゴブリンも合わせれば、まだ百五十いる計算になる。


 ゴブリン・ウォーリアやゴブリン・ファントムより上位の個体がこの一帯のゴブリンをまとめていた場合、ゴブリン・ウォーリアらはその一部を率いて来たことになる。


 他の村の襲撃で数を減らしているにしても、百かそこらかは残っているだろう。そして、ゴブリンもまったくのバカではないので、二度に渡って五十匹による襲撃が失敗した以上、次はそれを上回る数、ミューゼの村の襲撃に全戦力を投入してくることもあり得るのだが、


「他の村が危ないなら、助けに行くべきではありませんか?」


 セラの発言に、ウィル、ユリィ、リタは内心で呆れずにいられなかった。


 ミューゼの村を守るのもおぼつかないのに、他の村を助ける余力などあろうはずがない。


「オレたちには分けるだけの戦力がない。ユリィを偵察に出すのも危険だ。ユリィがいない間にゴブリンの襲撃があったら致命的だ」


 ゴブリンの集結に合わせて、冒険者も集結していれば、戦力的にも手数的にも大きな群れに対応できただろう。


 しかし、ゴブリンの集結を許して後手に回った以上、この一帯の村々は各個撃破を甘受するより他ないのだ。


 冒険者たちも独力で村を守るか、村を見捨てて逃げるかしか選択肢がない。

「兄貴や姉貴たちとは言わないが、せめて弟か妹が三人、いや、二人でもいいからいれば、積極的に動けるのだが」


 子供がいても役に立たないとは、セラは思わない。


 何しろ、ウィルたちが育った場所である。そこの子供ともなれば、


「やはり、ウィルたちとまではいかなくても、その子たちはそれなりに強いんでしょうね」


「そりゃあ、オレたちより弱い弟や妹もいなくはないが、オレたちより強い弟や妹の方が多いぞ」


「ぶっ!」


 予想以上のデタラメさに、セラは思わず吹き出す。


 が、そんな当たり前な反応など気にせず、


「まあ、都合よく来てくれたら助かるが、そうもいくまい。オレたちだけでも、ゴブリンの大群なら何とかなるだろうから、自力でしのぐしかないな」


 ウィルたちの実力と性格を知るセラは、それが大言壮語とは思わなかった。



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