あんたらは行かんのか
全滅。
ミューゼの村はそんな最悪の状態にまで至っていなかったが、確実にその途上にあった。
村人とて決して無力ではなく、ゴブリンの襲撃を受ければ、棍棒やくわを手に抵抗する。十数匹くらいのゴブリンなら、犠牲は出るだろうが撃退できないわけではない。
しかし、雨雲で見えない太陽が没し、やはり雨雲で見えない星々が輝き出す頃合には、ミューゼの村は耳障りなゴブリンの喚声と笑い声に支配され、村人たちは悲鳴を上げて泣き喚くばかりとなっていた。
数はわからないが、ゴブリンたちはすでに村人たちの抵抗を打ち砕き、一方的に村の物を奪い、村の者をいたぶる段階に至っているのは確実だ。
もっとも、戦いは終わったと考え、奪っていたぶることに夢中になっているのだろう。ノーセンを助けた後、村の外でゴブリンと遭遇しなかったこともあり、ミューゼの村を囲む柵の手前に至った、ウィル、セラ、ユリィ、リタ、サリア、ノーセンに気づくゴブリンは一匹もいなかった。
「水の精霊ウィンデーネよ! 我が召喚に応じよ!」
リタというより、精霊使いが基本的に召喚する下位精霊は、大地の
精霊ノーム、水の精霊ウィンデーネ、火の精霊サラマンダー、風の精霊シルフで、この四精霊は総合的な能力差はないものの、能力的な一長一短がある。
ノームは攻撃力に申し分はなく、また土石があれば召喚可能に非常に呼び出し易い。ただ、動きが鈍いので、逃げ場のない洞穴に突入させるならともかく、村の各所に散っているゴブリンを素早く対処させるには不向きである。
シルフは攻撃力とスピード、共に申し分はない。加えて、風が吹いていれば呼び出すことができるので、召喚の条件もゆるい。
ただし、シルフは風の通らない場所に行くことができないので、屋内などには入れないため、ゴブリンが家の中に押し入って村人に危害を加えていても、シルフはゴブリンに危害を加えることができない。
サラマンダーはシルフより素早さに劣るが、動きは決して遅くない上、攻撃力はシルフ、ノームを上回る。
召喚するには火を焚くなりせねばならないが、それ以上の欠点は火の精霊だけあり、火の塊である点だろう。
いかに雨が降っているとはいえ、数体のサラマンダーを村に解き放てば、ゴブリンを焼き殺すと同時に、何軒も家を焼くのは目に見えている。
だから、リタが消去法で選んだウィンデーネは、攻撃力に難こそあれ、動きはシルフに次いで素早く、何より雨の降っている今の状況では呼び出すのに最適な精霊だ。
実際、リタの召喚に応じて降りしきる雨やそこらの水たまりが、乙女の姿を象る水の精霊ウィンデーネを十八体も形成した。
最高数でないものの平均を上回る召喚数であり、十八の水の精霊はリタの意思に応じ、ゴブリンたちを倒すべく村の四方八方に散っていく。
「……あんたらは行かんのか?」
十八体のウィンデーネはゴブリンを倒しに行ったが、ウィル、ユリィ、リタ、セラがこの場に留まっていることに、ノーセンがそんな疑問を口にするのも彼がまったくの無知であるからと言える。
ウィンデーネを一体でも召喚することがどれだけのことか理解していなければ、そのウィンデーネを十八体も召喚したリタを守ることの方が効率的なこともノーセンには理解できないことだろう。
ウィルとユリィまで村の中にゴブリンを倒しに行く方が、一見、効率的に見える。だが、ウィルとユリィがいない時に、ゴブリンがここに押し寄せて来たらどうなるか?
セラ、サリア、ノーセンに戦う術はない。なら、リタが精霊魔法で応戦するしかないが、そうしてリタが新たな精霊魔法を使えば、先に使用したウィンデーネの召喚が維持できなくなり、十八体のウィンデーネは元の水に戻る。
ウィルとユリィがリタを守り、リタがウィンデーネの召喚を維持できる状態を守る方が、効率的にゴブリンを駆逐できるといった説明を、まったくの素人であるノーセンにいちいち言うのも面倒ゆえ、
「別に行ってもいいが、それはここにゴブリンが来た場合、自分の身は自分で守るということでいいか」
「…………」
ウィルの言葉に、ノーセンは口をもごもごと動かしたが、結局は何も言えずに黙る。
「ゴブリンが百も二百も押し寄せていれば、私たちが駆けつける前に村が滅びていたはずだ。ゴブリンの数は五十といまい。その程度ならば、精霊たちがすぐに駆逐するだろう。同胞が心配なのはわかるが、ここは私たちに任せてもらいたい」
一応、ミューゼの村というクライアントの一員であるので、ノーセンをなだめるようなことを言うが、ユリィは別段、デタラメを口にしているのではなく、思った推測を述べているだけである。
そして、大した時を必要とせず、村の各所で村人の悲鳴はゴブリンのそれに変わってゆき、ウィンデーネの魔の手から逃れたゴブリンたちは、ミューゼの村から逃げ去ってユリィの推測の一部が正しいことを証明した。




