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怠ると契約違反になりますよ

「ミューゼの村から指名の依頼ってわけじゃないんだよな。その辺りは説明してもらえるんだろ?」


 冒険者を指名しての依頼となれば、指名料というか、相場より報酬にいくらか色をつける必要がある。


 だが、ウィルが記憶している限り、掲示板に貼り出されていたミューゼの村の依頼は、特に報酬が良くなければ、自分たちを名指しにしていることもなかった。


 そもそもからして、スウェアの町に来てから日の浅いウィルたちに、指名の依頼がくることがおかしい。


「もちろんです。では、順序だって説明させてもらいますね」


 そう前置きをしてからギルド職員は、


「まず、ゴブリンがこの一帯に流れ着き、棲み着いたのはご存知と思います。当初は山奥に巣に作っていたので、トラブルとはならなかったのですが、今年に入ってから人里の近くにいくつも巣を作り、いくつかの村に損害が出るようになりました。ミューゼの村もその一つですし、あなた方が先日、ゴブリンを退治したモーグの村もそうです」


 モーグの村では畑を荒らされ、作物が盗まれ、ケガ人も出たが、大した被害ではなかった。ただ、ゴブリンの悪さは日を追う事に酷くなっていくし、一つ一つの村ではそうでなくとも、全体的な被害としてはバカにならないはずだ。


 だから、村かギルドがゴブリン退治に本腰を入れるようになったというわけではなく、


「被害にあわれている村の方々にはすまないことですが、今回のような事態に際して、基本、ギルドは村からの依頼を冒険者に提示するだけで、請け負う冒険者がいない場合は、村の方で条件を改善してもらうなり、冒険者に個別に交渉してもらっています。ですが、今回はこの一帯を治める、トゥカーン男爵の意向があり、ギルドも積極的にゴブリン退治を手伝うことになりました。収穫祭の時、ハルバ伯爵がスウェアの町に来訪されるそうですから」


 ウィル、ユリィ、リタには伯爵の来訪で、おぼろげに今回の構図がわかってきた。


「伯爵の手前、領内にゴブリンがのさばっているのは、男爵もよろしくないと考えられたのでしょう。村やギルドに対して、男爵の名で早急に何とかしろ、という要請がきました。ギルドは依頼を冒険者に仲介するだけの組織とはいえ、男爵の手前、それにこだわっているわけにもいかず、ギルドは今あるゴブリン退治の依頼を請け負ってもらえるよう、依頼人のお手伝いをすることになったのです」


 権力者のメンツという背景を語り終えたベルリナは、ここで苦笑を浮かべて、


「ぶっちゃけますと、職員にはギルドからノルマを課せられてまして、私も二つほどゴブリン退治の引き取り手を見つけないといけないんです。そうした事情もありますので、ミューゼの村からの依頼、前向きに検討してもらえないでしょうか? ミューゼの村も、ある程度なら条件の見直しをするとのことなので、ヴァラン氏とよく相談してください」


 言いながら、ウィルたちの前にミューゼの村からの依頼票を差し出す。


 一つ二つ疑問はあったが、だいたいのところはわかったウィルたちは、改めてミューゼの村からの依頼票に目を走らせ、


「……で、どうかな? 我が村の依頼、受けてもらえんか?」


 依頼票に目を走らせたばかりの四人に、ヴァランが身をソファーから腰を浮かさんばかりに問う。


 余裕のない若い村長の交渉に、ウィルはわざとらしく顔をしかめて、


「先のゴブリン退治で、オレたちはやられかけたんだよな。正直、あの時は本当に怖かった」


 この発言にセラは「えっ?」といった表情となる。彼女からすれば、先のゴブリン退治は圧勝で、危うい場面に心当たりがなかったからだ。


 ただ、ウィルはウソを言っているわけではなく、モーグの村で夜、見張りに立っていた時に、ゴブリンたちの夜襲を受けた際、四人はゴブリンの矢の餌食になりかねた。


 ウィルとユリィが気づくのが早く、また焚き火から少し離れていたので事なきを得たが、ヘタすれば全滅していたかも知れなかったのはたしかだ。


「だ、だが、それでもゴブリン退治はうまくいったのだろ? なら、我が村に害を為すゴブリンどもも何とかしてくれんか?」


 そう食い下がるヴァランは、チラッチラッと隣に座る妹を見て、


「ああ、パーティのリーダーは、ウィル、あんたでいいんだな?」


 さすがにその不慣れで下手な交渉に、ウィルは苦笑をこらえながら考え込むポーズを取る。


「ウィル。困っているようだから、受けてやってはどうか?」


 ヴァランの意図というより、豊かでない村の常套手段を察し、ユリィが交渉をまとめにかかる。


「ユリィがそう言うなら、オレに異論はない。けど、この額で受けるのか?」


「受けてやっていいだろう。村にとっては、ゴブリン退治の報酬も大きな負担だろうからな。だから、報酬はこのままで、仕事中の食事の提供ぐらいでカンベンしてやろう」


「オレはそれでいい」


「うちもそれでいい」


「わ、私もそれでいいです」


「ということですが、ミューゼの村としてはそれでいいですか?」


 冒険者側の意見がまとまったので、ベルリナが依頼人に確認を求める。


「……ああ。そ、それくらいなら、問題ない。では、それでゴブリン退治をお願いする」


「はい、わかりました。では、その条件を依頼票に加えて受理しますので、ヴァラン氏はその間に、携帯食糧などを買い求められたらどうですか?」


「食糧を買う? なぜだ?」


「食事の提供を依頼に書き込む以上、それを怠ると契約違反になりますよ」


「な、なるほど。では、失礼する」


 ベルリナに指摘され、ヴァランはうなずくと、慌ててサリアを伴って応接室から出て行く。


 そうして依頼人がいなくなると、


「では、先ほどの条件を加えて、依頼票を受理させていただきます。この度はこちらの無理を聞き届けていただき、ありがとうございました。それと、こちらの思惑を読み取っていただいた点にも、礼を述べさせてもらいますね」


 ベルリナは深々と四人に頭を下げた。

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