……ゴメンナサイ……ゴメンナサイ……
それは四人が見たこともなければ、理解もできない部屋だった。
抑え気味の光量に照らされた室内の壁、床、天井は、何らかの金属でできているようだが、金属にある冷たさは感じられず、むしろほんのりと温かい。
壁の一面には信じられないほどの透明度の大きな一枚板のガラスがはめ込まれている。
扉らしき物はあるが、カードキーを知らぬ四人にはそれを開けることはできぬだろう。
その殺風景な室内で、ウィルとセラはガラス越しに、ユリィは自らの隣に、
「ルウ姉っ」
「……ルウさん」
頭に三角巾をし、エプロンを着け、右手に泡のついた布切れ、左手に汚れのついた丼を持つルウの姿があった。
「いや、あんたたちこそ、何でここに……そもそも、ここってどこ?」
三人と同様、職場で皿洗いをしているところ、強制転移をさせられたルウも目を丸くする。
もちろん、何が起きたか、ここはどこなのか、四人の中にそれがわかる者はいないが、
「ここがどこなのかって気にしても仕方ないよ。まあ、ボクのプライベートルームと思っておけば間違いないかな」
四人をここに強制転移、招いた者、不意に姿を現した姿は、全員が見知っていた。
魔獣神に仕えるフォケナスの元を訪ねた際、出会った子供、正確には子供の姿をした神。
カミサマ。
「さて。君たちをここに招いた理由は、そこの彼女さ。彼女の願いを叶えるためだよ」
そう語るカミサマの視線の先に在るのは、セラ。
「好いた男と結ばれたい。実に健気な願いだ。ボクは感じ入ったね。だから、願いを叶えることにした。けど、人間が面倒なのを知っているから、余計な二人も招いた」
現在、大きなガラスで分けられた二部屋の片方にウィルとセラが、もう一方にユリィとルウ、そしてカミサマがいる。
「じゃあ、そこの派生種。目の前の人間を抱いて上げて。そうしたら、君たちを元の場所に戻して上げるよ。ああ、シャワーが使いたかったら、言ってね。シャワールームのロックを解錠するから」
御使いは理論上、全ての神に祈りを届けられる。
届けられた祈りに対して、神の対応は勝手にどうぞというものだが、それは特に気にしないというだけで、届けられた祈りに込められた意思を神は感じ取る事ができるので、
「……イヤ……イヤー、イヤー、イヤー、イヤー、イヤー……」
自らの祈りを、想いを暴露されたセラは真っ青になり、両手で抱えた頭を激しく左右に振り、何度も叫んで、現実を否定する。
状況はわからない。しかし、元凶は判明したので、
「取るに足らぬ偽りよ! 数多の刃を成せ!」
ユリィが数十本の偽剣を生み出し、それをガラスにぶつけて壊し、ウィルらと合流を計ろうとしただけではない。
ルウは丼を床に叩きつけ、そこから大きな破片を拾うと、彼女の姿をかき消える。
だが、カミサマの力もガラスの強度も、四人の想像を越えていた。
ユリィのスキルはガラスに傷ひとつつけられず、虚しく全てが砕けて消える。そして、姿が消えた、否、目にも止まらぬ動きでカミサマの背後に回ったルウは、そこで空間凍結を受け、固まったように動かぬどころか、今の彼女は呼吸もしておらず、心臓も脈動しておらず、完全な停止状態に囚われる。
「人間にしては、中々の動きだ。けど、人間は人間。不用品は不用品だ」
ルウですら、為す術がない。それはウィルとユリィが絶望するに充分な事実だった。
「じゃあ、とっとと始めてよ。あまり時間をかけたくないんだ」
促すカミサマの言葉を深読みすれば、時間稼ぎをすれば何とかなるかも知れないと考えたウィルとユリィだが、
「こうしたら、ショーを始めてくれるかな」
小さな手で小さく指を鳴らすや、ルウの首が大きく横を向く。
「このまま首をねじ切っちゃおうか。それでもボクを楽しましてくれないなら、もう一人を、手足を折って、ゴブリンの巣穴にでも転移させて上げるよ」
引き延ばしが、抗うことがまざまざと不可能と見せつけられ、カミサマの望むショーを開演すべく、何かに耐えるような表情でウィルは押し倒し、その上にのしかかる。
「……ゴメンナサイ……ゴメンナサイ……」
虚ろな表情で何度もそうつぶやくセラを。