……カミサマ……
ウィル、ユリィ、リタの兄の内、現在、二人が半魔族の魔王の配下となっているが、それは形だけのもの。
元々、聖女に声をかけられて協力し、結果、それなりの手勢を率いる立場となったため、聖女が去ったからといっていい加減なマネができなくなっているから、渋々、今の地位に留まっているというのが実状だ。
ただ、その内の一人はウィルよりいくらか強い程度。実力的にいなくなっても反抗されても恐い相手ではない。ミルフィーユの言葉の端々にも、とっとと反抗するかいなくなってくれた方がやり易いというニュアンスが感じられた。
問題はもう一人で、こちらが反抗されてももちろん、いなくなられても何ヵ国が混乱するという存在で、どうにか手綱を握っておかないと、いつまでも東に進出する目処がつかないので、ミルフィーユはそれだけはとウィルたちに協力を求めたのだ。
少し前なら、兄を縛るようなマネに協力しなかったのだが、リタの出処進退を思えば、ただ非協力的な態度を取るというわけにはいかない。
リタはガヴェの元に嫁ぐ。そのガヴェら獣人族は、現在、半魔族の魔王の後ろ盾を得て、その庇護を受けている。そうした勢力図から、半魔族の魔王の勢力が混乱、減退すると、リタの新婚生活に影響が出かねない。
「リタの近況、結婚報告をして、後は当人の判断に委ねよう」
ウィルが最終的に歯切れ悪くも、そう結論を出す。
所在がわかっている兄姉妹弟に結婚などの重大事を伝えるのは、当たり前の話だ。ただ、妹の新婚生活に悪影響が出るとなれば、兄の一人として出奔や反抗がし難くなる。
自重を促す材料を提供するのだから、ミルフィーユの要請には応じている。しかし、あくまで近況報告であって強制しているわけではなく、それでも出奔、反抗するなら仕方ないとリタも考えている。
もっとも、よほどの状態でない限り、妹が不幸になるようなことはしないだろうから、実質的にはかなり強い押さえとして機能するが。
「ウィルも大人になったらどう?」
自分の問題が片づいたリタは、ウィルにそう水を向ける。
リタの新婚生活を見据え、あくまでミルフィーユの最低限の頼みだけに応じる方針だったが、ウィルの新婚生活を見据えれば、雇用されるのもアリとなる。
逃亡生活の中、済し崩し的なものであったとはいえ、ウィルはベルリナに対する責任を回避する意思はない。無論、ベルリナも一時の事を永遠の事とするのに否はない。
が、世間体という概念があまりない獣人社会の中に嫁いでいくリタと違い、ウィルは人間社会の中で嫁を迎えるのだ。一介の冒険者の元に娘を嫁がせるとなると、当然、ベルリナの両親がいい顔のはわかりきっている。
それもミルフィーユの思惑にのって取り込まれれば解決する。ウィルたちに貸しを作れるなら、いくらでも取り立ててくれるだろう。その利用価値を考えれば、それなりの役職を用意するか、近衛として採用されることもあり得る。
どのみち、リタの一身のみで配慮を乞わねばならない。迷惑ついでにウィルの事も頼んで大差はない。弟や妹としては申し訳ないのだが、兄や姉に頼らねばどうにもならないのも、どうしようもない事実であるのだ。
兄や姉の方にしても、弟や妹の幸せのためなら、多少の苦労や面倒など気にもしないだろう。
リタに背を押される形で、割り切ることができたウィルは、
「ミルフィーユ殿にこちらの結論を伝えてくる」
内々で話し合うため、提供された王宮の一室から出ようとすると、リタ、ベルリナ、ガヴェがそれに続く。
結論を伝えるだけなら、ウィルのみで充分。当事者たるリタも同行した方がいいが、ベルリナやガヴェまで行く必然性はない。
しかし、五人で残るより、三人で部屋に残るようにした方が、失恋したセラやサリアをユリィが慰め易い。
この結論を知った時からセラやサリアは元気がない。特に、セラの落ち込みようが酷い。
遠い目で彼女が何度も繰り返して考えるのは、もしも。
もしも、共に逃亡生活を送ったのが、ウィルの傍らにいたのが自分なら、この部屋に残ったのはベルリナであっただろうか?
答えは、否。
例え二人きりで何日も共にいたとして、ベルリナのように大胆に、積極的になれない自分のことは自分が誰よりもわかっている。
だから、この結果は必然。それは頭ではわかっている。ただ、心が納得せず、どうにもならない想いは苦しくて苦しくてたまらない。
頭でわかっても納得はできない。どうにもならない想いとわかっていても、どうにかしたい。
苦しくて苦しくてたまらず、弱った心がそれを受け止め切れず、
「……カミサマ……」
願った。
否、すがった。
「なっ!」
その途端、リタ、サリア、ベルリナ、ガヴェが驚きの声を発する。
ウィル、セラ、ユリィの姿が忽然と消えたのだから。