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で、どういう事か、説明してもらおうか?

「で、どういう事か、説明してもらおうか?」


 美しい青い瞳に静かな怒りの色さえ浮かべ、ミルフィーユとガンドが退室するや、ユリィはウィルのえり首をつかみ上げる。


 一同を代表してウィルが頼み込む魔族らの退室を求めたのは、今後の自分たちの方針を定めるためである。


 そもそも離反した聖女の弟妹に当たるのは、ウィル、ユリィ、リタのみ。セラ、サリア、ベルリナ、ガヴェは面識も関係もない。その点を含めた話し合い、仲間内での意見の統一を計ろうとしたウィルの意図は、怒りに燃えるユリィに遮られた。


 もっとも、魔族二名が退室した直後の、このユリィの突然の行動に誰もが目を丸くし、


「いっ? いや、オレっていうか、オレらがどうしていたかってのは、さっき説明したんだが……」


「ああ、聞いたよ。だが、私が言いたいのはな、こんな時に何をよろしくやっているんだ、ということだ。リタもだが」


「……へっ?」


 水精族の少女がドスの効いた声を発すると、ウィル、リタ、ベルリナ、ガヴェは無言でさっと視線を逸らし、セラとサリアはぽかんっとした表情となる。


「まったく、私がどれだけ苦労としたと思っているんだ……」


 ユリィが盛大にグチるのも仕方ないというもの。


 三組に分かれた逃亡生活の中、最も苦労したのが、負傷したサリアを抱え、追っ手をかわし、戦ったユリィであるのは考えるまでもない。


 リタとセラはガヴェにかくまわれていたし、ウィルとベルリナは少なくとも追っ手に捕捉され、追い回されてはいない。


 無論、ユリィも追っ手に捕捉され、追い回されたのは、運や巡り合わせの問題でしかなく、ウィルやリタに文句を言うのは筋違いなのは、頭ではわかってはいる。しかし、つい先日までの苦労を思えば、憤まんやる方なしといった心境になるのだ。


「ま、まあ、仕方ないじゃない。ベルさんみたいな魅力的な女性と身を寄せ合ってってなったら、ねえ?」


 不器用に取りなそうとするリタを、ユリィは視線を転じて睨みつける。


 ここまでくれば、ウィルとベルリナ、リタとガヴェの間にナニがあったかは明白。ユリィの八つ当たりの理由がわかり、愕然となるセラとサリア。


「ユリィ。あんたの怒りというか、ムカつくのは察するが、今はそれよりも考えることがあるんじゃないか? 当事者の片割れであるオレが言うのも何だが」


「そ、そうですよね。察するに、その聖女というのは、ウィルの姉の一人と思いますが、違いますかね?」


「ああ、そうだろう。まず、間違いなく、エレ姉だろう」


 パートナーを庇おうという意図は見え見えだが、ガヴェとベルリナを睨みつけることなく、鼻を鳴らし不機嫌そうながら話題の転換、話を本筋に戻すことに応じる。


「エレ姉は癒しの女神に仕える神官で、当然、優れた御使いだ。身内びいきじゃなく、そんじょそこらの聖女なんてメじゃないってぐらい凄い。姉の中で癒し女神の教えに帰依しているなると、それ以外に考えられない」


 ウィルやリタには今更な話だが、面識も何もないセラ、サリア、ベルリナ、ガヴェには必要な説明であろう。


 もっとも、未だ呆然自失といった風のセラやサリアの耳にちゃんと届いているか怪しいが。


 余談だが、育ての親たる神父様が太陽神の教えに帰依しているので、ウィル、ユリィ、リタのみならず、兄姉妹弟はだいたい太陽神の信徒だが、少数ながら兄姉妹弟の中には他の神の信徒もいる。


 捨て子を拾う際、彼らの育ての親は信仰で選別するようなマネはしない上、改宗を強要することはない。むしろ「生まれた場所とのつながりは残すべきですよ」と言い、改宗を申し出ても難色を見せるぐらいだ。


 フォケナスの言うとおり、信仰は単なる祈りであるなら、太陽神の教会で育った癒し女神の神官が、優れた御使いとなっても不思議はない。


「しかし、エレ姉ってたしか今……」


「ああ、ルウ姉と同じトコで働いている……」


「それも聞いた話じゃあ、出産を期に前の職場を辞めたとか何とか……」


 ルウとは最近、行動を共にしている。当然、彼女が知り得る限りの兄姉妹弟の近況はその際に教えてもらっている。


 職場の同僚であるだけに、半魔族の魔王の元から離反した聖女の近況をけっこう詳しく聞かされているユリィ、ウィル、リタの歯切れは悪い。


「例の魔王って、どこかの国のお姫様をさらって、強引に妃にしたと聞いたことがあるぞ」


「しかも、勢力下に置いた国のお姫様らとかを抱いているとかどうとか」


「で、エレ姉はすんごい美人だからなあ」


 難しい顔をでユリィとリタが唸り、ウィルは深々と嘆息する。


 英雄、色を好むなどという言葉は当然、知っている。


 そして、ウィル、ユリィ、リタは当然、姉の性格をよく知っている。


「例の魔王って、まだ子供がいなかったと聞くが……いや、想像の翼を無闇に広げるべきじゃないな」


 自らの想像を首を左右に振って自ら否定するユリィ。


 無責任に想像を巡らせるなら、魔王は正室はもちろん、側室との間とも子ができていない。その状況で聖女が跡継ぎを産んだとしたら、それはそれはややこやしい話になるだろう。


「今はわかっていないことを想像するより、わかっていることで判断すべきだ。少なくとも、例の魔王もミルフィーユという魔族も、バカじゃない」


 ユリィの考察に、ウィルとリタもうなずいて同意する。


 普通なら、たかが女ひとりと、離反した聖女を力ずくで連れ戻そうとするはずだ。しかし、半魔族の魔王はたかが女ひとりと侮らず、対話を以て戻そうとしている。


 ルウはたかが女ひとりだが、単身、エンシェント・ドラゴンを圧倒した。もし、たかが女ひとりを力ずくで連れ戻そうとするなら、半魔族の魔王は最低限、ドラゴン・ロードを何とかするだけの戦力を用意せねばならない。


 仮にドラゴン・ロードを何とかするだけの戦力を用意したとしても、職場には少なくともルウがおり、彼女が姉を連れていかれるのを座視するとは思えない。


 さらに仮定の話を重ねれば、たかが女ふたりを何とかできたとしても、その話を他の兄姉妹弟が耳にすれば黙っているわけがない。そうして、孤児院の総力を結集させれば、たかが十二ヵ国を制する魔王程度、何ほどのこともないというもの。


 ウィル、ユリィ、リタの三人も、その孤児院の出身だ。とはいえ、ミルフィーユくらいの強者になれば、ウィルくらいの相手はそう恐くはない。だが、ウィルの兄姉妹弟の中にはミルフィーユ以上の強者はいくらでもいる。


 ウィルら自身は恐れずとも、その背中がいかに恐いか理解しているから、ミルフィーユは丁重な態度を取っている。それが同様のガンドも、もはや報復など微塵も考えていまい。


「だが、向こうが遠慮しているのは、あくまでエレ姉たち、真の強者だ。それを気にしないという態度を取られたら、オレたちには対抗する術はない」


「本当の意味で向こうと対等に渡り合うには、エレ姉とかに同席してもらうしかない。つまり、うちらにはエレ姉たちに迷惑をかける選択肢しかないわけか」


 ユリィの評価が正しくとも、ウィルが危惧することも正しく、その遠慮が、魔族が後先を考えなくなれば、それまでなのだ。


 そして、リタが嘆息するとおり、自分たちが現状、立場も弱く、実力も劣る点を理解し、交渉に臨む以外の採るべき道はなかった。




ウィルとリタのステータスは一部変更されています。

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