聖女様の帰還に力を貸していだけないでしょうか?
こうも大々的に人員を動員して、人相書きを配られたなら、追われる側が足跡を完全に消すことの方が難しい。
ユリィらが北に北に向かっているのを読まれたとしても不思議はない。
そして、その逃走方向から増援を呼んで北への逃げ道をふさぐというのが有効な手段であるのは、進退の極まったユリィとサリアの現状が何よりも物語っているだろう。
前をふさぐ兵士は百人以上。ユリィのスキルでは三分の一を倒せるかどうか。無論、その後、サリアを抱えたまま、残る三分の二を倒す成算は皆無。
今から来た道を引き返しても逃げ切れるものではない。ユリィはサリアを一瞥してから深々と嘆息し、軽く肩をすくめ、両手を上げて降伏の意を見せる。
サリアもそれに倣って両手を上げると、
「そのような事をする必要はありません。両手を下ろし、楽になさってください」
慌てた様子で進み出てきたのは、意外にもエルフの若者だった。
金髪を短く刈り込み、尖った長い耳で、整っているが幼さがいくらか残る顔立ちのそのエルフは、見たところウィルやユリィと変わらぬような年齢に思われるが、長命なエルフのこと、見た目のとおりの年齢とは限らない。
一応、半魔族の魔王は闇勢力に属するが、その配下は人間を主とし、そこに様々な種族が参加している構成だ。
北にあるエルフの国は半魔族の魔王の勢力下にあり、そのエルフの国と隣接する魔神の支配していた領域も、その勢力下におさまっている。
その多種多様な構成から、配下にエルフがいたとしても奇異なものではないし、エルフが人間の兵士らを率いていることも、まあ、あり得るだろう。
動き易い革の鎧をまとい、弓を背負うそのエルフは、単身、ユリィとサリアの前まで進み出て来ると、
「私の名はルークと申します。まずは皆さんを追い回した非礼を詫びさせてください」
「わざわざしたことを詫びる。それなら、初めから追い回さねばいいだけなのに、敢えてそうした。そこには、それなりの理由があるということか」
隣でうろたえまくるサリアと同様、この展開にユリィも内心では強い戸惑いを覚えていないわけではない。
しかし、サリアが動揺しているせいか、自分でも不思議なほど落ち着いているユリィは、ルークというエルフにそのような問い返してしまったのだ。
普通に考えれば、一介の冒険者にこれだけの人員と労力をかけるなどあり得ない。何かしらの特別な理由があるはずだが、あくまでそれは普通に考えればの話でしかない。
絶対の自信があって、何かしらの理由があると確信しているわけではない。ルークの丁重な態度が一変して、
「捕らえよ」
そう兵士らに命じる可能性は皆無ではないのだ。
必死に平静な態度を装うユリィの心配とは裏腹に、ルークは二人に頭を下げ、
「ご明察のとおりです。失礼ながら、あなた方の事は調べさせてもらいました。そして、ミルフィーユ様、私の上官はあなた方にお願いしたい儀があり、探されたというのが、このような思わぬ騒動になった点、改めて詫びさせてもらいます」
向こうが下手に出ようが、立場的にはユリィらの方がずっと弱い。
百人以上の兵士が後ろにひかえている状況では許す許さないなど決められる立場ではなく、
「ですので、どうか我が上官の願いをお聞きいただき、聖女様の帰還に力を貸していだけないでしょうか?」
当然、頼み事を拒める立場にもなかった。