……武器を捨てて、手を上げろ
「がはっ……」
背中に矢を食らったゴロツキの一人が倒れ伏す。
この悲鳴と被害に、前方の異様な光景、洞穴の入口の前に突き立つ数十本の剣に気を取られていたグライスらは、慌てて後ろに振り返り、
「……敵だ! 木陰にでも隠れているんだろう! 弓を持っているぞ、注意しろ!」
年長の戦士の状況判断は正しい。
グライスたちの存在に気づいたユリィは、グライスたちに気づかれぬように後を追い、ずっと仕掛けるタイミングをうかがっていた。
しかし、グライスたちは警戒を怠らず、固まって行動していたため、ユリィは仕方なく洞穴の前で仕掛けるしかなくなった。
仕方なしのタイミングであったが、年長の戦士が叫んだとおり、状況はユリィにそう悪いものではない。
独りとはいえ、ユリィは木陰に身を隠し、グライスらに見えない位置にいる。一方、洞穴の前にいるグライスらには遮蔽物がなく、
「……ぐえっ」
ゴロツキがもう一人、ユリィの弓矢で仕留められる。
狩人はもちろん、年長の戦士も弓矢を持っている。魔術師も魔法で多少の距離があっても攻撃できる。
しかし、木陰に隠れているユリィの正確な位置はグライスらからはわからない。
「洞穴の中に逃げ込め!」
この年長の戦士判断も間違いではないのだ。
洞穴の前に突き立っている剣は人が通れるくらいの間隔はある。その合間をぬって走れば、たしかに洞穴の中に逃げ込め、ユリィは弓矢で狙えなくなるが、
「なっ!」
洞穴を目指して走り出した人間もコボルトもゴブリンもアンデッドも、愕然となったのも当たり前だろう。
洞穴の前に突き立つ数十本の剣、ユリィが生み出した偽剣が、水精族の少女の念じるままに次々と浮かび上がっていき、人間、コボルト、ゴブリン、アンデッドへとその刃が襲いかかっていく。
ユリィのスキル、一斉発射は射程が短く、また一度、放てばすぐに次弾を放つことはできない。
だから、ユリィは弓矢でグライスらを射程に追い込み、その殲滅を計ったのだ。
それなりの経験も実力もある年長の戦士や狩人すら、何本もの偽剣を防げるものではなく、三、四本がその身に突き立つと、倒れて動かなくなる。
当然、コボルト、ゴブリン、ゴロツキ、新米の戦士や魔術師もひとたまりもなく倒れる中、二本の偽剣をその身に受けたグライスは、大きな傷を受けながらもただ一体、立ち続けていた。
ユリィが偽剣の一斉射を行うと、グライスは逃げ惑うゴロツキの一人をつかみ、その身を盾代わりにして、致命的なダメージを避けたのだ。
生きている人間なら動けぬほどのダメージであるが、今のグライスはアンデッド。動作が多少はぎこちなくなりながらも、グライスは足を、その身を動かす。
リビング・デッドは生前の実力で強弱が決まる。ザインほどの槍使いなら、ユリィでは勝ち目がなかっただろうが、元は一般人でしかないグライス一体のみではユリィに対抗できるものではないので、
「……しまった!」
悔恨の叫びを上げ、洞穴の中に駆け込むグライスを、ユリィは慌てて追いかける。
リビング・デッドになって人の頃より強くなっているグライスだが、マトモに戦えばユリィに倒されるだけなのは当人も理解しているのだろう。
弓矢から短槍に武器を持ち替えながら、そのグライスを必死に追うユリィ。
ダメージで動きが鈍くなったグライスより、敏捷なユリィの足の方がずっと速い。しかし、両者に元からあった距離をユリィの俊足が詰め切る前に、
「……武器を捨てて、手を上げろ」
グライスのその言葉に従うしかなかった。
即席の寝所で横になるサリアに、抜き身の剣を突きつけられたユリィには。