守るべきものがこの先にあるということだ
言うまでもなく、ユリィはグライスの変遷、リビング・デッドとして復活してから、犯罪組織に身を寄せ、そこで文字どおり不眠不休で働き、短期間である程度の地位を確立したことなど、知りようがないし、そのような点は考えても仕方ない。
ユリィが考えるべきは、増強された追撃隊の戦力分析と対処法だ。
元々、ユリィとサリアを追い回していたコボルトとゴブリンは、ユリィの弓矢と罠で三匹ずつに減っている。そこに合流したグライスは、十人の手下を従えていた。
グライスの手下の内、六人はゴロツキといった風体で、組織の末端構成員を連れて来ただけなのだろう。
問題は残る四人で、戦士らしき二人と、狩人と魔術師が一人ずつという構成から、彼らが冒険者であるのは明白だ。
頭は切れるが、デスクワーク専門のグライスは、自分が追撃の指揮を採るのに不向きなのを理解しているのだろう。しかし、組織で新参の身では、手柄を立てる、成り上がる機会をフイにする気はないらしく、冒険者を雇ったという点まで、ユリィにわかるものではない。
ユリィが気にするべきは、冒険者で戦士の片方と魔術師は自分と変わらぬ年の新米だが、もう片方の戦士と狩人は、二十歳すぎでそれなりの経験を積んでいそうということだ。
冒険者ギルドで働いていたのは伊達ではなく、グライスは指揮を冒険者らに委ね、ゴロツキらもそれに倣わせている。コボルトやゴブリンも、自分たちより強い相手の指示に従う姿勢を見せていた。
狩人のアドバイスを受けながら、年長の戦士が全体の指揮を採り、コボルトやゴブリンへの指示はその言語を習得している魔術師を介して行う。
犬の頭をしているコボルトは鼻が効く。だから、臭いを追われれば、どれだけうまく隠れても無駄となる。ゆえに、ユリィは臭い消しを煎じて、コボルトの鼻を誤魔化したが、それで人の知能を誤魔化せるものではない。
「臭い消しを使っているのだろう。なら、不自然に臭いがしない方を追えば、潜伏先にたどり着けるはずだ」
狩人の指摘を魔術師が通訳して、先導を始めたコボルトらの進む方向は、
「チィッ」
サリアがいる場所へと向かわれ、ユリィは相手に聞こえぬように舌打ちする。
無論、慌てて飛び出したり、仕掛けて、グライスらの行く手を阻む無謀なマネはしない。ユリィはそのまま気づかれぬようグライスらの動向をうかがい、仕掛けるタイミングを計る。
奇襲を仕掛けるにしても、やはりネックになるのは、四人の冒険者だ。
ゴロツキ、ゴブリン、コボルトなど、ユリィからすれば隙だらけだ。グライスにしても同様である。だが、四人の冒険者は周囲を充分に警戒していて、不用意に仕掛けられるものではない。
コボルトを先頭に、次はゴブリン、真ん中を冒険者らとグライス、後衛をゴロツキたちという隊列で進み、
「ギャワン」
ユリィの仕掛け矢がコボルトの一匹に当たる。
命中したのは左肩で致命傷ではないが、体格の貧弱なコボルトは深手だ。
傷を負ったコボルトのみならず、他のコボルトやゴブリンらも足を止め、罠の存在に怯えてしまい、媚びるような目をグライスらに向けるが、
「進め。罠があるということは、守るべきものがこの先にあるということだ」
狩人の発言と判断に、ユリィは音を立てずに舌打ちする。
サリアを休ませている洞穴の周りには、罠を仕掛けてある。つまり、罠を突っ切るように進めば、潜伏先にたどり着かれてしまうのだ。
当然、洞穴の周り全てに罠を仕掛ければ、ユリィも潜伏先への出入りが難しくなるので、罠のないルートを作っている。それに狩人が気づいているかいないかわからないが、罠のないルートを探してグライスらが分散すれば、ユリィとしては各個撃破のチャンスとなったものの、固まったままの状態では変わらず仕掛け辛い。
その後、コボルトの一匹が小さな落とし穴にはまり、その底の尖った石で右足が傷つき、別の一匹は上から落ちて来た大きめの石で小さな頭を砕かれて倒れるが、グライスたちはサリアの休む洞穴の前へとたどり着いた。
入口の前に数十本の剣が突き立つ洞穴に。