いや、生きてはいないようだが
ミルフィーユの部下を見る目は、ある意味で確かであったと言えるだろう。
ガンドは上官の配慮も知らぬ内から、私怨にとらわれてウィルらの追跡を手下に行わせていた。ただ、さすがに私怨に全戦力を傾けるほど見境を失っておらず、優勢な状況下で許される範囲での動員に留めはしたが。
ガンドの手元にいる戦力は多いものではない。数名の同胞と、オーガー、ゴブリンなどが数百匹。ただ、ハルバ市における攻防で、正確にはウィルらとの無用な戦いでその数は減じている。獣人らに対する命令権がないのは言うまでもなく、この国を実質的に支配するために政治的に利用していることを思えば、強引なマネもできない。
ガンドが私怨のために動かせる兵はたかが知れており、しかもコボルトやゴブリンとその質も低い。
数も質も不充分な追跡隊は負傷の床にガンドを苛立たせる報告ばかりをもたらしたが、それはウィルたちの足取りを完全に見失ったことを意味しなかった。
セラの御業によって、ウィルたち六名は三組に分かれて逃げ散ってしまった。ウィルらは合流を計りたいであろうが、追跡を受けている状況ではそれも難しい。
その二人三組で逃走する六人の中で、最も厳しい状況にあるのは、ユリィとサリアのペアであろう。
ウィルとベルリナ、リタとセラのペアは、コボルトやゴブリンの追跡を振り切り、その足跡は目下捜索中である。しかし、ユリィとサリアはコボルトやゴブリンに捕捉されてしまい、現在、激しい追撃を受けていた。
セラの御業で暴走する荷馬車の御者台で気を失ったサリアをユリィは必死に追いかけたが、機敏な彼女とて荷馬車の速度にかなうものではない。
結局、暴走する荷馬車は立木に激突し、その際に投げ出されたサリアの元にユリィは駆けつけたが、二人は他の二組と違い、そのまま身ひとつで逃げるわけにはいかなかった。
立木に激突した荷馬車は、もはや使いものにならない。サリアの応急手当をすましたユリィは、荷物を簡単に隠したが、それですぐに移動というわけにはいかず、当初はサリアの回復を待つつもりであった。
その時点でガンドの私怨など予想のしようがなく、サリアが動けるようになるまで目立たぬ場所に身を隠しているという行動計画は、数匹のコボルトに発見されてご破算となる。
コボルト数匹、ユリィ一人で追い払ったが、彼女は直後、ケガをしたサリアを抱えてその場を離れる。この危機意識は正しく、追い払われたコボルトはゴブリンらを呼び寄せ、間一髪で再襲撃をかわすことはできた。
しかし、ケガをしたサリアがいる状態で素早い移動や遠くへの逃走などできるものではない。ユリィは森の中で身を潜めつつ、コボルトやゴブリンに遊撃戦を仕掛けて、サリアが回復する時を必死になって稼いだ。
ユリィは薬草を煎じるなど、サリアの回復に努めたが、セラの御業のように即座に効果が出るものではない。満足に動けぬ仲間を抱えての潜伏、この困難な状況を、しかしユリィは何日もしのいでのけた。
ガンドが任務をないがしろにせず、追撃にはコボルトやゴブリンを共に十匹ずつしか投入しなかったのが、ユリィとサリアの命脈をつないだのだ。
この程度の敵、本来、ユリィが逃げ回らねばならぬ相手ではない。しかし、ヘタに返り討ちにして、この程度ではすまぬ戦力の追撃を受けることになれば、状況はより苦しくなる。
撹乱に徹したユリィの奮闘によって稼いだ時間は、サリアをだいぶ回復させた。しかし、サリアが完全回復する前に、当たり前ながらガンドの方が戦線復帰してしまう。
療養を終えたガンドは、ユリィの元に直行せず、私怨よりも任務をさせたが、ここでミルフィーユの配慮がユリィらの状況をかなり苦しいものとする。
「……あの男、生きていたのか。いや、生きてはいないようだが」
立木の上から顔見知りのアンデッドが、十人ほどの手下を従え、コボルトやゴブリンらと合流する光景を目にし、ユリィが苦々しくそうつぶやいた。