オレはベルさんを追う!
「炎よ! 壁になりて阻め! ファイア・ウォール!」
リタの生み出した炎の壁に何匹かのゴブリンとコボルトは焼け死ぬが、全てが焼死体となったわけではない。
焼け死ななかったゴブリンやコボルトらは炎の壁を避けてユリィらの方に向かい、その間にも他の待ち伏せしていた場所からガンドの手下がこの場に姿を現していく。
「ハッ!」
敵の増援の一匹、オークをユリィの矢が仕留め、
「炎よ! 壁になりて阻め! ファイア・ウォール!」
再びリタの打ち立てた炎の壁が、数匹のオーク、ゴブリン、コボルトを焼き殺す。
だが、駆けつけて姿を見せるオーガーらは、二人で対応できる数ではない。そして、ユリィとリタに加え、セラ、サリア、ベルリナを相手取っても手が余ると低い知能で判断したか、二匹のオークがウィルの方、ガンドの加勢に加わり、
「バカがっ」
考えなしに突っかかって来た二匹のオークは、返ってガンドの攻撃を邪魔する形になってしまい、その連携ミスを見逃さず、ウィルは後ろに跳んで距離を取る。
「ブヒ」
鼻息も荒く、ウィルを追う二匹のオークの行動は、さらにガンドの追撃を邪魔することになり、何より負傷して動きが鈍っているにも関わらず、オークの豚足でウィルを追いきれるものではなく、
「……槍先に宿れ、破軍の力!」
手にする槍を投じる。
「魔力よ! 盾と成りて我が身を守れ!」
槍の穂先に込められた雷撃を何度も受けていたガンドは、ウィルの投擲に何かあると読み、己に防御魔法を施す。
ウィルの放った槍はその圧倒的威力を発し、二匹のオークをバラバラに吹き飛ばして、ガンドの展開した防御魔法を吹き散らしたものの、屈強な肉体の魔族は深手を負ってズタボロになりながら何とかしのぐ。
「逃げるぞっ!」
オークの横槍で逆転の一手を打てた槍使いは、仲間に逃走を促しながら、荷馬車の方に駆け出す。
今のガンドなら短剣一本でトドメを刺すのも難しくないが、オーガーらが荷馬車に向かう状況では、余計な一手を打っている余裕はない。
「炎よ! 壁になりて阻め! ファイア・ウォール!」
またも打ち立てた炎の壁がオーガーとゴブリンらを包むが、その中でゴブリンは全て倒れはしたものの、オーガーは全身に大ヤケドを負いながらも、炎の壁を突破して荷馬車へと向かう。
ユリィの弓矢もリタの精霊魔法も、オーク、ゴブリン、コボルトくらいなら一撃で倒せるが、オーガーとなるとそうもいかない。そのオーガーが三匹、荷馬車に向かって突進している。
ガンドが戦闘不能となった今、目の前の敵だけならウィルたちで何とかなるだろう。しかし、その数をだいぶ減らしたとはいえ、荷馬車へと迫るオーガー、オーク、ゴブリン、コボルトはまだ三十匹以上も残っている。これらをセラ、サリア、ベルリナを守りながら倒しきる無理というもの。
どれだけ敵を倒そうが、仲間が一人でも犠牲となる勝利に意味はないと考え、逃走を選んだウィルらだが、その判断というよりも、ガンドを何とかするのに時をかけすぎた。
ウィルらと荷馬車が走る方向に、ゴブリンに小突かれたコボルトたちが立ちふさがっているからだ。
コボルトらを犠牲にしてでも逃げる足を止めさせ、そこを襲うというゴブリンの小知恵は明白だ。しかし、わかっていても、強引に突破を計ればゴブリンの思惑どおりになる。
やはり、逃げに移るタイミングが遅すぎた。コボルトらの壁を迂回しようと荷馬車を方向転換しようとすれば、その間にオーガーらに追いつかれることになり、ウィルらには足を止める余裕も方向を変える余裕もないというのに、セラは足を止めてしまう。
「魔獣神よ! 心を打ち砕く猛き咆哮を響かせたまえ!」
首から下げる聖印と異なる神に祈り、発動した御業が、周囲のオーク、ゴブリン、コボルトの大半を気絶させるか、あるいは混乱させて追い払った。
正確には『咆哮』の御業によって生じた、猛々しい魔獣の吠え声が、セラ、ウィル、ユリィ、リタ、ガンド、そして三匹のオーガー以外を恐慌状態にしたので、
「オレはベルさんを追う!」
「私は荷馬車を何とかする」
「セラ。こっちに早く」
セラの御業によって、頭を抱えて明後日の方向に走り出したベルリナをウィルが、泡を吹いて御者台で気を失ったサリアを乗せ、暴走する荷馬車をユリィが追い、リタはセラの手を引いてこの場から離れようとする。
この混乱状態で不幸中の幸いなのは、逃げ惑うオークらがオーガーの邪魔となり、その追い足を鈍らせたことだろう。
無論、深手を負ったガンドは追撃することも混乱を収拾することもままならず、ただ見送るしかなかった。
ウィルらも、そして、ハルバ市から落ち延びようとする者たちも。