なめるな、小僧っ!
油代が惜しいという理由でスキルを用いていたウィルだが、今やそのような事態でなくなった。
ゆえにサリアとベルリナが灯りを用意すると、ウィルは槍先に宿すスキルを切り換え、それでオーガーの死期を早めると、ガンドへと向かうことができ、仲間のカバーに向かった。
「チィッ」
ウィルの動きと接近に気づいたガンドは、舌打ちしつつ方向転換するよりない。しなければ、背後から雷を宿した穂先を食らうことになる。
周囲に配した手勢が集まるまで、まだ時を必要とする。それまでガンドは自らウィルを相対するしかなくなっただけではなく、
「……ギッギッギッ……」
炎と氷の力を穂先に宿した短槍、ユリィとリタの攻撃を食らい、もう一匹のオーガーも倒れ伏す。
コボルトもいつの間にか逃げ去っており、ガンドはウィル、ユリィ、リタを一人で相手取らなくならなくなる。
言うまでもなく、ウィルたちにガンドを倒さねばならない理由はない。六人の目的は逃走と避難なのだ。
ウィルは目配せで逃げても良しと告げたのだが、
「なめるな、小僧っ!」
ガンドは怒号を発し、手にする魔剣で斬りかかる。
ガンドの斬撃をかわすや、手にする槍を鋭く繰り出すウィルには、五人の仲間がいるが、ウィルにさして有利な状況ではない。
セラ、サリア、ベルリナは戦力外であり、ユリィの弓矢とリタの精霊魔法は、ヘタにガンドとの白兵戦の中に放つと、ウィルに当ててしまう危険がある。
ユリィとリタは歯痒くとも、短槍を手にウィルと共に戦うわけにはいかない。武器戦闘では、両者とウィルでは歴然とした差が存在する。ガンドほどの手練れに立ち向かえば、両者はウィルの足手まといになりかねない。
元は弱小勢力であった半魔族の下で戦い、生き残っただけあって、ガンドの腕前はかなりのものだ。
距離を取って魔法を使おうとすれば、ユリィとリタに狙われるため、ウィルの槍と真っ向からやり合わねばならぬガンドだが、歴戦の中で鍛え上げられた実力は伊達ではない。
双方の攻撃、槍と魔剣の激しい応酬が展開される。その当初こそウィルのスピードにかき回され、雷を帯びた穂先を何度も受ける一方的な攻防だったが、傷を受けながらもそれに耐え、機をうかがい、その動きと槍さばきに目が慣れるや、
「ぐっ」
コンパクトに振るわれた魔剣が、あっさりと安物の革鎧を斬り裂き、ウィルの右脇腹に小さな傷を与える。
その傷はウィルの動きを鈍らせるほどのものではなかったが、その動きに慣れたガンドはそのスピードに振り回されることはなくなった。
それでもスピードで勝るウィルの槍は、ガンドの赤き肉体に三つ四つと手傷を与えた直後、ガンドのフェイントに引っかかったウィルの左足が魔剣で傷つくと、その俊敏さにかげりが生じた。
しかし、ウィルは鈍った動きでガンドの攻撃をさばき、反撃もまだできていたが、魔剣に三つ目の傷をつけられると、守勢に転じ、ガンドの猛撃をしのぐので手一杯となる。
ユリィが与えたものも加え、ダメージの総量はガンドの方がずっと多いが、魔族のそれに比べて、人間と同程度の黒羽人の生命力、何より肉体のスペックは大きく劣る。
だが、両者の最も大きい差は実戦経験、しかも窮地をどれだけ切り抜けてきたという差だ。
半魔族の主の下、苦戦苦闘を重ねてきたガンドはこの程度の劣勢に動揺することなく、どっしりとした戦い方を維持できる。
対して、経験値の足りないウィルは、苦闘を手探り状態でしのぐしかない。
種族としての肉体の性能差と経験による差はいかんともし難いが、白兵戦ではユリィとリタの加勢、数の差は活かせない。もちろん、白兵戦、槍の間合いでの戦いなので、槍の穂先に死の印を施せば、ザインの時のように実力差をくつがえせるのだが、ユリィとリタという味方の存在が仇となり、ウィルが距離を取れないようにガンドは必死に間合いを保とうとするため、槍の穂先に宿した力を切り換えるだけの暇が得ることができない。
そして、粘り強く戦ったガンドの奮闘は無駄ではなく、ゴブリンとコボルトの集団がまずこの場に駆けつけて来た。