夜逃げまで体を休めて待てばいい
キダンの村を含む六つの村を滅ぼした、魔族ガンドの率いるオーガー、オーク、ゴブリン、コボルトの大群は、今やハルバ市の外壁に迫っていた。
「ハルバ市はもうダメだな」
ウィルのつぶやきと判断にユリィとリタは無言でうなずく。
ハルバ伯爵は一か八かの戦いに手勢の大半を引き連れており、ハルバ市には大した兵は残っていない。傭兵や冒険者も多くがハルバ伯爵の元に赴いており、こちらも大して残っていない。
それでもハルバ市は市民を動員して、守りを固めてはいる。だが、オーガーらのみならず、少数とはいえ魔族もいる攻め手から守り切れるとは思えない。
一応、お上からの要請なので、ウィル、セラ、ユリィ、リタはおとなしくハルバ市の防衛に協力するふりはしている。しかし、ハルバ市の陥落は免れぬと判断し、荷物をまとめた荷馬車の側にサリアとベルリナをスタンバイさせている。
「どのみち、連中が攻めて来るのは夜だ。夜逃げまで体を休めて待てばいい」
緊張状態にある兵士や市民らと違い、ウィルたちは夜逃げの時を、機会をリラックスして待つ。
オーガー、オーク、ゴブリン、コボルトは夜闇を苦としない一方、陽の光を嫌う。また、魔族は陽の光を苦としないと同時に、その大半は暗視能力を有しており、その中にリゴー族も含まれている。
ウィルの推測どおり、ガンドは日が暮れると同時にオーガーらを動かしたが、それは夜闇に紛れて夜逃げを目論むウィルらにとっても都合のいい展開ではあった。
市民、素人を動員しての防衛戦であったが、当初は押し寄せるオーガーらを何とか防いでいた。ハルバ市の外壁はそれなりに厚く高い一方、攻めるオーガーらは攻城兵器どころか、ろくな武装もしていない。
ただ、魔族の目が光っているので、オーガーらにしては粘り強く戦い、兵士はともかく、戦い慣れしていない市民らは戦いが長引くにつれ、疲労に動きが鈍り出している。
元々、オーガーらに組織的に動ける知能はない。バラバラに外壁に取りつくオーガーらに対応というより、振り回されて守る側も分散してしばらく経つと、
「なるほど。そういう手か」
ユリィらと外壁の上に立ち、適当にゴブリンなどと戦うウィルがガンドの狙いに気づいた時には、もはや遅かった。
それまでオーガーらがまとまりなく戦う様を座視していたリゴー族は、不意に背中の四枚の羽をはばたかせ、外壁をあっさりと飛び越えてのける。
「魔力よ! 荒れ狂う雷となれ!」
一体のリゴー族の放った雷撃が四人の兵士を撃ち倒す間に、他のリゴー族らが城門を開け放つと、そこにオーガー、オーク、ゴブリン、コボルトが殺到して行く。
そして、これまでの攻防で統率が乱れ、疲労している兵士や市民らにオーガーらの侵入が防げぬと見ると、ウィルは無言で仲間たちに合図を送り、この場から去ってサリアらとの合流を計る。
兵士や市民らの悲鳴を背に。