誇りを知る者は剣を取れ
長きに渡って争い、家族友人を奪ってきたオーガーやゴブリンらに、獣人たちは当たり前ながら強い怒りと憎しみを抱いている。だが、その犠牲とは比べものにならないとはいえ、先年、人間の手によって同胞を奪われたことにも、強い怒りと憎しみというより、しこりを感じていた。
なまじ良好な関係を築いていただけに、獣人側には裏切られたという思いがあるのだろう。しかし、人間の数や勢力はオーガーやゴブリンなどと比べものにならない。悔しくとも、獣人らは人間の理不尽さに我慢するより他なかった。
しかし、それは人間の勢力を恐れる必要がなくなれば、理不尽さに我慢する理由もないというものだ。そして、今、獣人たちは魔王の支援を受け、人間を恐れねばならぬ理由がなくなった。
元々、獣人族には光と闇、そうした属性へのこだわりはない。あるのは、好悪の念のみであり、敵か味方かという判断のみだ。獣人族の中には、オーガーやゴブリンらと手を組み、人間と戦っている部族もある。
長年、争い続けたオーガーやゴブリンらへの強い怒りと憎しみはあるが、人間たちへの強い憤りも否定できず、
「別段、オーガーやゴブリンと仲良くせよと言っているわけではない。人間に非を認めさせるために奴らを用いるだけだ。人間が素直に頭を下げれば良し。下げねば奴らを使い、下げるように仕向ける。お主らは我が主の好意を受け取るだけで良いのだ」
魔族の、ガンドの甘言は、巧みに獣人たちのしこりを刺激した。
何より、効果的だったのは、ガンドが獣人の王女からの手紙を携えていたことだ。
その文面は袂を分かった同胞を労る気持ちにありふれているが、それは当然であろう。
獣人の王女自身は心優しい少女で、自らの真情をつづっただけなのだから。
しかし、その優しさが文面から伝わると、獣人たちの警戒心は薄らいでいき、
「たしかに人間に自らの非を認めさせるだけの話だ。ただ、頭を下げてもらうだけのことだ」
良くも悪くも単純な部族社会を形成している獣人たちは、非があれば頭を下げるということを当たり前のように考え、人間社会の体面や複雑さにも理解が薄かった。
獣人たちはガンドの提案を受け入れ、国に謝罪を要求。それだけなら突っぱねられただろうが、半魔族の魔王からも使者が訪れて、言葉の端々に獣人たちとの友好関係を匂わせると、小国に強硬姿勢を貫けるものではない。
小国は大国の機嫌を損なわぬよう、ハルバ伯爵に全ての責任を負わせ、詰め腹を切らせようとしたが、ハルバ伯爵は手にする刃を自らではなく、祖国に向けた。
「今、国の弱腰を正さねば、我らが死ぬだけではない。祖国が魔族と獣人の奴隷に成り下がるぞ。誇りを知る者は剣を取れ」
王が自分を処断しようとしていることを知るや、挙兵したハルバ伯爵は手勢を引き連れ、王城へと進軍した。
亡き父より軍才で勝ることをハルバ伯爵が戦場で示し、その軍勢が王城に迫ると、その勢いに加わる者たちが増えていき、王に勝る勢力を築いたハルバ伯爵は、
「この勝利は我が正しさを神々が認められたからだ。我は天意に従い、この国を正す使命を果たそう」
ハルバ伯爵は王への即位を宣言した。
天に二日なく、地に二王なし。
ハルバ伯爵が王となった以上、この国の王は勝敗が生死を分かつ。
たかが一伯爵の反乱とはいえ、それに敗北を繰り返し、多数の裏切り者が王城に詰め寄り、敗色が濃厚だ。
命にも王位にも未練がたっぷりとある王は、頼りにならない家臣では勝ち目はないと判断して、助けを求める使者を国外に走らせた。
北と南に一組ずつ。