そうならないように知恵を絞るべきなのだが、さて……
ウィルたちのいる国の北には二体の魔王がいる。どちらも穏健派の魔王であり、人間を無闇に殺すような魔王ではない。
ただ、同じ穏健派の魔王ではあるが、平穏を求める姿勢は異なる。
一方は太陽神の教えに帰依しており、その教え、布教活動で世に平和をもたらそうとしている。もっとも、それに耳を傾ける魔族やゴブリンなどは皆無に等しいが。
もう一方の魔王も、半魔族でありながら魔王と称えられるようになった風変わりな存在だ。
元々は人間に強い恨みを抱いていたが、聖女の導きを受け、荒ぶる心は鎮まり、人魔、いや、あらゆる種族の共存共栄を考える魔王となっていった。
彼は先の戦乱を勝ち抜き、実質的に十一国を従える大勢力を築いた。その支配下には、獣人の国もあるが、これは攻めて従えたわけではない。むしろ、助けて従うようになった国であった。
獣人たちの国は戦乱に乗じてある人間の国に攻められ、苦しい状況にあった。その時、獣人たち、正確にはその王女は半魔族の王に助けを求め、救われ、その庇護下に入ったのだ。
風聞だが、半魔族の魔王と獣人の王女が男女の関係にあるとも言われている。真実はどうあれ、寝所で袂を分かった同胞のことを頼まれ、配下の魔族を動かしたという可能性はあるが、
「あるいはこの国を従えるため、獣人のことをダシに使ったか。真相はわからないけど、ネックとなるのは、この国が先の理不尽な仕打ちに対して、獣人サイドに謝罪してないってことだ」
ユリィの分析に、ウィル、セラ、リタ、サリア、ベルリナは、複雑な表情を浮かべる。
魔族の来襲というより申し出によって、宴は自然とお開きになった。ウィルたち、獣人以外の者らは酒と料理がどれだけ残っていようが気にしている場合でなくなり、早々に退散した。
最悪の未来を想像すれば、獣人たちの元に残留などできない。昨日まで人間と組んで獣人らはオーガーやゴブリンらと戦っていた。それが獣人の選択次第で、オーガーやゴブリンらと組んで人間の町や村に攻めて来るかも知れないのだ。
ハルバ市で購入した一軒家、拠点に戻ったウィルたちは、そこに帰宅したベルリナを加え、これからどうするかを話し合っているのだが、
「獣人たちが復讐の念に駆られれば無論のことだが、こうも強い後ろ盾を得たとなれば、最低でも謝罪を要求するだろう。ともかく、ハッキリとしているのは、この国はもうおしまいだ」
最近、スウェア、カサードと町や村がいくつも壊滅して勢力減退しているのだ。それでも獣人らや数体の魔族に統率されたオーガーやゴブリンの群れだけなら、恐れる必要はない。
しかし、北の半魔族の魔王が相手となれば、勝ち目などまったくない。勢力があまりに違いすぎる。
「抵抗してもしなくても、この国に未来はない。あるのは、抵抗しなければ、血が流れずに終幕となるだけの差だ。ただ、それは私たちが気にしてもどうなるものでもないから、考えても仕方がない。私たちが備えるべきは、私たちの私財、この家の権利をどう保全するか、だ」
セラとベルリナ以外、この国の生まれではない。セラやベルリナとて、愛国者というわけではない。ユリィが指摘するとおり、一同が何よりも気にするべきは、自分たちの財産だ。
この国が抵抗しようがしまいが、最終的には獣人に頭を下げることになるだろう。どのような経緯をたどろうが謝罪させられ、それでおしまいとならない。
非を認めたなら、次は獣人らへの賠償をどうするかという話になる。獣人らの請求額がどうあれ、この国は請求書をハルバ伯爵に押しつけるだろう。
ハルバ伯爵の財産で払えるだけ払い、足りなければその派閥から不足分を徴収する。ただ、国がそう金策をしようが、ハルバ伯爵が破産をおとなしく甘受するだろうか?
おとなしく払えば破産は確実。ならば、その金で可能な限り抵抗する公算が高い。
そうなれば、ハルバ伯爵の家財を差し押さえするため、このハルバ市が戦場となる。
引っ越したばかりのハルバ市に、さほどの愛着も思い入れもない。危なくなれば逃げるだけたが、問題は買ったばかりの家である。
家を抱えて逃げるのは物理的に不可能。売り払うにも、大国の後ろ盾を得た獣人たちの矛先と請求書が向きかねない情勢では、買い叩かれるのは目に見えている。
「どうにもならなくなったなら、購入したばかりの家を諦めるしかないとしても、そうならないように知恵を絞るべきなのだが、さて……」
「ハイッ!」
ユリィのみならず、何人かが考え込もうとした矢先、リタは勢いよく挙手し、
「獣人たちに手を貸して、家の権利と価値を守るのがいいと思うの、うちは」