今日はそれを告げに来たのみ
オーガーやゴブリンたちは数が減り、戦力が低下すると、それが回復するまで森の奥に逃げ込み、人間や獣人に手を出さなくなる。
もちろん、森の奥に踏み込み、逃げ込んだオーガーやゴブリンらを根絶やしにできれば、禍根は絶てるが、深追いすればどれだけ同胞を失うかわからず、また獣人族も基本的に縄張りの外に敵を追い払えばそれ以上の争いは望まない。
これまでと異なり、獣人らはオーガーやゴブリンらを追い払うのに手こずったが、ウィルたちを雇って以降、戦況は好転して、いつも通りオーガーやゴブリンらは多くの死体を残して、森の奥に逃げ込んだ。
これでいつもなら数と戦力が回復するまでの何年かは、オーガーやゴブリンらは森の奥でおとなしくしている。なので、獣人たちは安心して宴を開き、料理はともかく、酒も飲んでいたのだ。
だから、一応のつもりで立てた見張りから、オーガーやゴブリンの来襲、しかも大群接近の報に獣人たちは度肝を抜かれた。
しかも、そのオーガー、オーク、ゴブリン、コボルトの大群を統率しているのは、数人の魔族。その点も予想を上回るが、一方で魔族に統率されたのなら、オーガーやゴブリンらがこれまで異なる行動をしたのにも納得がいく。
森の奥に敗走したオーガーやゴブリンらを糾合すれば、まだ大群という数にはなる。魔族たちが敗走したオーガーやゴブリンらをかき集め、無理にこの場へと引き連れて来たなら、問題となるのは魔族たちの意図だ。
見張りの報告を受け、集まったウルフマンを含む獣人たちとウィルらを含む人間たちは、誰もが大なり小なり酒を飲んでいてマトモに戦えぬ者もいる。
オーガーやゴブリンらが攻めて込む思い、安心して酒を飲んでいただけに、今、攻め込まれたらひとたまりもないというもの。
幸い、魔族たちはオーガーやゴブリンらに攻撃命令を下すことはなく、ウルフマンの集落から少し距離を置いた場所に佇むのみ。
だが、わざわざ森の奥に分散していたオーガー、オーク、ゴブリン、コボルトをこうしてかき集め、ウルフマンの集落の側までやって来た以上、攻める意図が仮になくとも、何らかの目的が魔族らにはあるのだろう。
オーガーやゴブリンらを統率しているのは、オーガーのような巨体は赤く硬い皮膚に覆われ、背中に黒い四枚の大きな羽を生やし、頭に一対のヤギのそれに似た黒い大角が伸びる、魔族の中でリゴー族と呼ばれる者が八名。
リゴー族は好戦的で肉弾戦に長けながらも、魔術の才もあるという難敵だ。
その八名のリゴー族の中で一際、体格の立派な者が進み出ると、
「どうやら、宴の最中に邪魔をしたようだ。これは無粋なことをしてすまない。我はある魔王に仕える者で、ガンドだ」
好戦的で知られるリゴー族とは思えぬほど、紳士的な振る舞いを見せる。
「宴を長々と中断するのも悪い。手短に用件を言おう。北にあるキサマたちの同胞、それを統べる王女は、キサマたちの現状に心を痛めている。その姿を心配して、我が主は我らにキサマたちを助けるよう、命じられた。もし、キサマたちが人間から受けた仕打ちに報いを与えたいなら、我らが、いや、我が主が力を貸すことを約束する。今日はそれを告げに来たのみ。後日、返答を聞きこよう」
一方的に寝耳に水な内容を告げると、ガンドらリゴー族はオーガーやゴブリンらに命じ、一同の前から去って行く。
すっかりと酔いのさめた一同の前から。