それで問題ないか?
新天地を求めて南下したガヴェたちの先祖がたどり着いた豊かな森には、多くの獲物がいた反面、オーガー、オーク、ゴブリン、コボルトも多数、暮らしていた。
獣人たちはオーガーらからすれば、侵略者のようなものだろう。また、数はオーガーらの方がずっと多かった。
だが、新天地を得るための戦いゆえ、獣人たちの意気込み、退けば後のない側はただただ必死であった。加えて、数が多くとも統率の取れていないオーガーらは、敗れて森の奥に退いた。
獣人たちは森の全てを支配する意思はなく、狩りをするに足りる領域を確保すると、森の奥に逃げたオーガーらを追撃せず、これより双方の争いの歴史が幕が開く。
双方の争いは断続的に今日まで続いている。繁殖力の旺盛なオーク、ゴブリン、コボルトは数が増える度に、獣人たちに攻撃を仕掛けたからだ。
数に劣っても集団戦に長ける獣人たちは、オーガーら烏合の衆を撃退し、優勢であったのは当初の頃だけ。いかに知能が低くとも、敗北を繰り返したオーガーらにだんだん統率の取れた動きを見せるようになると、獣人らは次第に劣勢となっていった。
獣人たちがその劣勢をはね返すのは、彼らの側に進出して来た人間と手を結んでからだ。
人間にとっても、オーガーらは話が通じず、害にしかならない相手であり、共にオーガーらの駆逐に勤しんだ。こうした人間との利害の一致、良好な関係によって獣人たちは再び優位に立てたが、人間との関係性が今のように一変すると、獣人たちは一気に劣勢に陥った。
それもかつてないほどの。
残忍なオーガー、オーク、ゴブリン、コボルトは、相手が弱いと見ればかさにかかって襲いかかる。人間との争いで疲弊した獣人たちはオーガーらにとって格好の獲物というもの。
「何人もの同胞がヤツらに殺され、喰われた。だが、その同胞より悲惨なのは、ヤツらに捕まった場合だ。喰われる前にさんざんいたぶられるらしい」
ガヴェは震える声でウィル、セラ、ユリィ、リタに自分たちの窮状を訴える。
ウィルの提案はガヴェを通じてウルフマンらに伝えられた。やはりガヴェの予想通り同胞の中には難色を見せる者が何人かいたが、これもガヴェの予想通りに他の獣人による二つの悪例と、自分たちの窮状を指摘すると渋々、ウィルの提案を追承認した。
同胞の合意を得ると、ガヴェはすぐにオーガーらが徘徊している辺りにウィルらを案内する。
一昔前よりマシになったとはいえ、魔族なりダーク・エルフなりに指揮されていないオーガーらは、集団行動を長く維持できず、好き勝手に動き回り出す。この欠点が獣人族が今の劣勢を何とか持ちこたえられている最大の要因であり、少数の遊撃戦が可能な余地となる。
「とはいえ、ヤツらは夜行性だ。逃げ易い場所で野営し、こちらに向かって来るヤツを叩き、数が多い場合は逃げる。それで問題ないか?」
ガヴェの方針にウィルらも否はない。
オーガーらは夜行性であり、夜目が効く。ウルフマン、いや、獣人の多くも夜闇の中で動ける。しかし、ウィル、セラ、ユリィ、リタはそうはいかない。
夜となれば火を焚くなり灯りを用意せねばならないが、オーガーらからすれば格好の的だ。
また、ゴブリンなどは知能が低いとはいえ、落とし穴のような罠を仕掛けるくらいの知恵はある。昼間ならゴブリン程度の稚拙な罠ぐらいユリィならば見抜けるが、それとて視界の効かない夜の森では見落とす公算が高くなる。
逆に、罠というより、ウィルたちの方が野営地の周りに鳴子を仕掛けている。
焚き火を目印に矢を射られてはたまらない。相手の接近に早く気づけば、ゴブリンなどの粗末な矢で命を落としかねない。
ウィル、セラ、ユリィ、リタ、そしてガヴェは、昼の間に鳴子を仕掛け、野営の準備を終え、早めの夕食を取ると、交替で睡眠を取りながら、敵の襲来を待つ。
ガヴェの話では、夜になると、オーガーらはウルフマンの集落に押し寄せるそうだ。その際、激しく攻め立てるが、落ちる気配がないと退くとのこと。
ウィルたちの野営地は、ウルフマンの集落に押し寄せるオーガーらの進軍路の横手に位置する。火も焚いているので、オーガーらが気づかぬことはまずなく、敵の一部がこちらに来る可能性は低くない。
実際、深夜、仕掛けておいた鳴子が音を立て、見張りに立っていたウィルとセラはもちろん、寝ていたユリィ、リタ、ガヴェは慌ててはね起きる。
そして、ほどなく鳴子が鳴り止んだほぼ直後、鳴子の鳴った方から数本の矢がウィルたちの方へと飛来した。