オレが殺した分はそちらの報酬とはならない
この国と国を二つ挟んだ北に獣人の国がある。
獣人族は元来、狩猟を生業としていたが、その獣人の国は四方を人間の国に囲まれていたため、人間との交流が避けられず、その結果、獣人族の元に農耕や交易となった生業が流入し、これが彼らの生活様式を人に近いものへと変化させてしまった。
獣人の多くが人の文化に倣う中、あくまで狩猟という生業にこだわった獣人たちは、父祖の地を離れて新天地を求め、南へ南へと長い放浪の果て、当時は人間の勢力圏の外にあった、豊かな森にたどり着いた。
その森にいたオーガーやゴブリンを追い払い、新たな狩場を得た獣人たちが、古来の生活様式を維持できたのは、その地に人間が進出して来るまでの話。
再び人間との交流によって、獣人族に変化が生じたが、今回は多くの者が狩猟という生業を捨てることはなかった。
ただし、全員ではない。
代々、武門の家であるハルバ伯爵家の本拠地、ハルバ市にはハルバ伯爵家の家風が反映され、傭兵ギルドがある。狩人を自主廃業したガヴェは、戦争が勃発するまでハルバ市の傭兵ギルドに所属し、傭兵稼業で生計を立てていた。
ガヴェのように傭兵となった獣人は何人もいたし、その他にも狩り以外で生計を立てている獣人も少なくなかった。
ただ、ガヴェのように人間の中で暮らしても問題なかったのは、先年の戦争が発生するまでのこと。ハルバ伯爵の野心が獣人たちの領域に向いた時、ガヴェは同胞の元に戻り、人間の中で磨いた戦技を人間相手に振るい、同胞を守るために奮闘した。
その後、戦争がうやむやになる形で終わってからも、ガヴェは困窮する同胞の元に留まり、その立て直しに尽力した結果、今の自分たちではオーガーやゴブリンらに対抗できないのを痛感すると、
「明らかに戦力が足りない。わだかまりはあるのはわかるが、人間、傭兵なり冒険者なりを雇うべきだ」
ガヴェの提案にウルフマンらはいい顔をしなかったが、現実的に自分たちだけではどうにもならない。また、先の戦争で勇戦し、その後も部族のために尽力したガヴェにはそれなりの発言力があり、ウルフマンらは複雑な表情ながらもガヴェの提案を承認した。
自分の意見が通ったガヴェは、当たり前ながら古巣であるハルバ市の傭兵ギルドに向かい、顔見知りの傭兵らに声をかけたが、彼ら全員に断られてしまう。
その時にガヴェは自分の発案が三番煎じで、二つの悪例があるので、傭兵らが二の足を踏んだのを知ったが、手ぶらで帰るわけにもいかず、次に冒険者ギルドに向かって依頼を出した。
が、ここも二度に渡って獣人らが手を噛んだことが知れ渡っており、反応がかんばしくなく、ガヴェが無駄と悟って依頼を取り下げようとした矢先、ウィルらからの打診を受けたのである。
明らかに新米で、安物の装備で固めているウィルら四人に、ガヴェとしてはため息をつきたかったが、他に選択の余地はないので、
「オーガーは銀貨五枚。オークは銀貨二枚。ゴブリンは銀貨一枚。コボルトは銅貨二十枚。一匹、殺すごとの報酬はこのように定める。あくまで殺すごとの報酬で、戦って追い払うだけではこの報酬は発生しない。また、戦果の確認は同行するオレがする。その際、オレが殺した分はそちらの報酬とはならない。他、細かい取り決めは現地で協議して定める」
ウィルたちと話し合った末、ガヴェはそのように依頼票を書き換えた。
当然、これで準備さえ整えば、ガヴェの案内の元、早速、ゴブリン退治に向かえるとはいかない。
ウィルたちの雇い主はウルフマンの部族であり、ガヴェは交渉役を任されているにすぎない。もちろん、ある程度の権限は与えられているが、当初のものと雇用条件や報酬内容が大きく変わった以上、その点を部族に報告して了解を取っておく必要がある。
その際、依頼の内容変更に関して、難色を示すウルフマンがいるかも知れないが、ガヴェにはそれを説き伏せる自信がある。
いや、説得に言葉は必要ないだろう。ただ、指摘するだけで事足りるはずだ。
自分たちがどれだけ危うい立場にあるのか、を。