別に無理をしなくていいですからね
「これなら、ゾンビの群れを二人で蹴散らすという話も、無茶ではありませんね」
迫り来る数百のゾンビを前に、そんな感想をもらせるほど、ベルリナの危機感は薄かった。
生者の命をただ奪おうとするゾンビらの手は、ベルリナに届くはるか手前で、火の精霊サラマンダーの吐く炎に焼かれていった。
無論、手のみではなく、サラマンダーが焼却するのはゾンビの全身。当然、一体で数百のゾンビを焼き尽くせるものではないが、サラマンダーの数が十七体を数えれば、火力としては不足はなし。
スウェアの町とブランムの町をつなぐ街道上、スウェアの町の市門をくぐって間もない辺りで、十七体のサラマンダーはゾンビを次々と焼却処分していった。
創造者たるエンシェント・ドラゴンが去り、スウェアの町を滅ぼしたアンデッド・ナイトとゾンビらは新たな命令が与えられず、そのまま動くことはなかったが、それはこのアンデッドの群れが無害であるのと同義ではない。
生者を襲い、命を奪うのがアンデッドの行動原理。放置すれば害がいずれ生じるのは明白。だから、アンデッドの群れを先んじて討伐している、わけではない。
この場にいるベルリナは、着のみ着のまま、冒険者ギルドの制服姿でスウェアの町からブランムの町に移動している。もちろん、ブランムの町で何着か着替えを購入したが、彼女の私物はスウェアの町に残されている。
言うまでもなく、彼女の家、借りていた部屋はエンシェント・ドラゴンの来襲による余波で倒壊し、私物の大半は瓦礫の下だ。しかし、冒険者ギルドのロッカーの中にある私物の一部は健在なはずだ。
「別に無理をしなくていいですからね」
そう遠慮する持ち主の意見を退け、ベルリナの私物を回収するために、スウェアの町に蠢くアンデッドの排除は敢行された。
生者を見れば考えなしに襲いかかるゾンビだ。町の外に誘い出し、リタの召喚した十七体のサラマンダーの前へと引っ張り出すのは難しい芸当ではない。
無論、ゾンビ自体は考えなしでも、それを指揮するアンデッド・ナイトはそうではない。しかし、それはアンデッド・ナイトを倒してしまえば、ゾンビは烏合の衆と化すということだ。
天使の羽の御業を用いたメイリィが、スウェアの町の上空をひとしきり飛び回り、眼下にアンデッド・ナイトを発見するや天使の矢の御業で仕留めいった。
そうして四体のアンデッド・ナイトを射倒したメイリィは、統率を失ったゾンビらを町の外、リタが召喚した十七体のサラマンダーの前へと引っ張り出しもした。
後は押し寄せるゾンビらをサラマンダーの吐く炎で焼いて倒せばいいだけだが、ゾンビの数は何しろ多い。何体かサラマンダーが討ちもらすことも考えられるので、精霊を召喚していて身動きの取れないリタと、身を守る術のないベルリナ、サリア、そして荷馬車の側に天使の羽を解除したメイリィが降り立ち、念のために直衛につく。
ゾンビの十や二十、メイリィの御業であっさりと倒せるが、彼女もリタもウィルのような戦士ではない。だが、メイリィとリタでアンデッドの群れなど充分ということもあり、ウィル、ユリィ、セラ、ルウは別行動を取っている。
当然、メイリィはウィルと行動を共にしたかったが、さすがにリタ一人でアンデッド・ナイトらに指揮されたゾンビの大群と戦うのは危うすぎる。また、セラの信仰に関する問題を解決するのに、ルウとユリィとウィルは外すことができないので、仕方のない人選だ。
そして、セラの抱える問題が問題である。メイリィも太陽神の使徒として、さすがにワガママなど言えるものではなかった。
アンデッド・ナイトによる統制を失うと、ゾンビはサラマンダーの前に焼かれるために出て来るのを繰り返し続け、やがてサラマンダーの前にゾンビはやって来なくなったが、それは全てのゾンビを焼き尽くしたことにはならない。
アンデッド・ナイトによる統制を失ったゾンビは、好き勝手に動き回るようになる。その一部はリタらがいる方とは別の市門からスウェアの町から出て行っただろうし、またスウェアの町から出て行っていないゾンビもいくらかいるだろう。
だが、リタの召喚したサラマンダーらにゾンビの大半は火葬され、残りのゾンビは大した数ではないはずだ。四人と一台が冒険者ギルドの施設に向かうに際して、仮にゾンビに襲われたとしても、リタやメイリィで軽く対処できる程度なはずである。
それでもリタとメイリィは念のために充分な睡眠を取り、精神力を全て回復させ、ゴーストタウンとなったスウェアの町に踏み込むのは翌日のこととした。