帰りに寄って何とかするつもりなんだけど?
「うちも若かったから、業界の不文律とか慣習とかよく知らないまま仕事したら、大手ともめちゃってさ。あれでつまずいて、コケて、そのまま商売がにっちもさっちもいかなくなったのよ」
苦々しく失敗談を語るルウの強さは言うまでもない。
起業当初は、その実力で請け負ったいくつかの仕事をこなし、その点では失敗はしていない。
ただ、彼女の場合、その抜きん出た実力が仇となった。
同業者との兼ね合いを考えずにどんな仕事も請けた点が業界大手のカンに障ることになったが、重ねてルウの実力は言うまでもない。
出る杭を打たんと、新規の女暗殺者の元に社員、つまりは暗殺者を何人か派遣したが、ルウは軽くそれらを返り討ちにした。
すると、搦め手による新人潰しに方針を変え、大手からの圧力で彼女の元に依頼がこなくなった。
それなりに経験を積んだ暗殺者なら、個人でも独自のツテで仕事を取ってくるのも不可能ではないが、その手の営業のノウハウがルウにあるわけもなく、結局、閑古鳥の鳴き声に耐えられずに彼女は廃業を決めた。
こうして半年と経たずに暗殺者から失業者になったルウは、自分と違って起業に成功した兄の店、飲食店の一つで皿を洗い続ける毎日を送っている。
単純作業の日々だが、勤め先が同じ孤児院出身者、顔見知りの店だけあり、ルウに色々と気を遣ってくれる。今回、彼女がユリィの手紙と同時期に孤児院に顔を見せたのも、雇い主である兄の配慮によるものだ。
だから、神父が不在であったのもあり、休暇を延長してウィルらのSOSにも応じ、メイリィに同行することができたのであり、
「どうしてもダメなら諦めるけど……」
普通の店ならクビを覚悟の話だが、兄の店となると無理な休暇延長でもない。
弟や妹らが「どうしても」と頼めば、仕方ないとシフトの穴埋めをしてくれるだろう。
「けど、メイリィがいるんだよ? どんな無茶をしようとしているの?」
ルウとしては、その点が不思議でならない。
サイコ・ゴブリン程度に敵わなかったとはいえ、ウィルたちの実力はかなりのものだ。エンシェント・ドラゴンに敵わなかったとはいえ、メイリィの実力はそれ以上だ。
それでも足りない難事となると、かなり限られる。スウェアの町を滅ぼしたアンデッドなど、ルウの手を借りるまでもない些事だし、そもそもルウは多人数に有効な技を有していない。
「もし、エロ伯爵の件なら、帰りに寄って何とかするつもりなんだけど?」
サイコ・ゴブリンが出現して以降の話は、ある一点を除いてだいたい聞き及んでいる。
ハルバ伯爵の話も聞いているルウは、ウィルたちが何も頼まずとも、昔とった杵柄でタマを取るつもりであったが、
「それもお願いしたいが、それよりある意味で深刻な問題があるんだよ」
ルウの手を煩わせねばならないことの数々に、ウィルもバツが悪い顔となるが、自分たちで解決できない内容なので、心苦しくとも迷惑をかけるより手立てがない。
「はあ、わかったわかった。そんなに困っているなら、こっちもほっとけないわよ。で、どこにつき合えばいいわけ?」
「すまない、ルウ姉。そして、信じられないかも知れないが、魔獣神の元まで、つき合ってもらいたい」
「はあっ?」
邪神に会い行くと言われたルウのみならず、メイリィもサリアもベルリナも、ウィルの言うことも意図もすぐには理解できるものではなかった。