まだ終わったわけではないぞ
「まだ、だ。死んだが、まだ終わったわけではないぞ」
無秩序に歩き回るゾンビらを避けながら、グライスは死者の町となったスウェアから離れるために歩みを重ねていた。
ゾンビに限らず、基本的にアンデッドは生者に見境なく襲いかかる。にも関わらず、グライスがゾンビらのすぐ側を通っても襲われない理由はカンタンなもので、すでに生者ではないからだ。
エンシェント・ドラゴンの生み出したアンデッドの群れに襲われ、スウェアの町の者はアンデッド・ナイトやゾンビの手にかかって死んでいき、グライスも数多の犠牲者の一人であった。
だが、数多の犠牲者がゾンビとなって動き出す中、グライスのみはリビング・デッドと成って動き出した。
リビング・デッドは死体が生前と変わらぬ状態で動く、稀有なアンデッドだ。ただ、生前の欲望、固執が強く顕在化する点が、生きていた頃と異なる点だろう。
ゆえに、リビング・デッドとなったザインは、強く顕在化した欲望や固執に従い、婦女暴行に奔走した。
そして、権力欲が強化されたグライスは、アンデッドの群れの中でその他の大勢として埋もれることを拒んだ。
リビング・デッドは見た目、人間と変わるところはない。だから、人の町で暮らすことは不可能ではない。しかし、正体が発覚する可能性もゼロでもない。
正体を隠し、表社会で立身出世を計っても、リビング・デッドであることが発覚すれば、築き上げたものが一瞬で瓦解するどころか、生者に討たれて死後も終止符が打たれる。
だが、訳ありの人間やそれ以外の者が集う裏社会ならば、リビング・デッドでも才覚しだいで成り上がることも可能だ。実際に人でない犯罪組織の幹部は何体もいる。
幸いにも、グライスには犯罪組織とのツテがある。何より、リビング・デッドとなったグライスには、無限の時間がある。
冒険者ギルドで築き上げた地位を全て捨て、犯罪組織で一からやり直すにしても、焦る必要はないのだ。
「命を、全てを奪われたが、今度はこちらの番だ。生きている連中から全てを奪ってやる。全てを手に入れてやる」
理由もなく生きている者をただ憎むだけのゾンビの中を、明確な目的を持ってリビング・デッドは歩みを重ねた。
指揮官たるアンデッド・ナイトらに見つからぬよう、気をつけながら。