魔獣神よ! 加護の力を与えたまえ!
エンシェント・ドラゴンは高い知能と矜恃を有するが、当たり前ながら生存本能も有している。
だから、勝ち目のない魔獣神やフォケナスの命令に従うくらいの、柔軟な対応をしているのだ。
魔獣神はエンシェント・ドラゴンを使役できるようにし、フォケナスもそれを是とした。
ウィルの命令を果たせば、ワンワンマークの支配下から脱し、エンシェント・ドラゴンは自由となるが、それを魔獣神もフォケナスも問題視しなかった。
正確には、ウィルの命令を果たしたエンシェント・ドラゴンは件の孤児院にいるだろうから、矜恃よりも生存本能を優先すると考えたのだ。
神父様が不在でも、弟や妹が総出でかかれば、たしかにエンシェント・ドラゴンの数頭、問題なく倒せる。その点では魔獣神やフォケナスの考えは間違っていない。しかし、魔獣神もフォケナスもこのような事態を想定しなかったゆえ、ウィルはサイコ・ゴブリンを倒すために更なる災厄を招くこととなってしまった。
フォケナスに言われてクソを垂れ流していようが、エンシェント・ドラゴンはエンシェント・ドラゴン。その圧倒的な強さは今、サイコ・ゴブリンによって証明された。
そして、サイコ・ゴブリン程度を倒せないウィルらなどに頭を垂れる必要がないというエンシェント・ドラゴンの判断は間違っていなかった。
マトモに戦える状態ではないウィルだが、例え体調が万全であっても相手が相手である。勝ち目など万に一つもない。ユリィやリタがいたとしても、それは同様だ。
サイコ・ゴブリンと同様、黒き炎を一吹きするだけですむ。それだけで分をわきまえぬ矮小なる存在をケシズミにできるのだ。エンシェント・ドラゴンはためらうことなく長い首を、分をわきまえぬ矮小な存在に伸ばし、
「ガアッ!」
「魔獣神よ! 加護の力を与えたまえ!」
ウィルの側にいるゆえに巻き込まれると考えるより、ウィルが死ぬかも知れないと思った時、セラはためらうことなく邪神に守りの御業を願う。
なぜか、セラは物心ついた時より崇めてきた地母神よりも魔獣神に祈る方が、より強い御業が使えはする。しかし、二の守りの力が十になったとして、百の攻撃を防げるものではない。
サイコ・ゴブリンの見えざる手足ですら防げなかった黒炎の吐息は、
「太陽神よ! 光の壁にて阻みたまえ!」
四人と荷馬車一台の前に生じた光の壁も闇と炎が焼き尽くす。
だが、光壁の、高度な御業はエンシェント・ドラゴンの黒炎のブレスをかなり弱め、十の守りの力で充分にしのげる程度にまで減殺していた。
辛うじて、そして訳がわからず命の助かったウィル、セラ、サリア、ベルリナは、数瞬、呆然となった後、エンシェント・ドラゴンの長い首の動きにつられるように頭上を見上げ、自分たちが命を拾った理由をする。
光でできた翼で宙に浮く、神官服をまとった、その少女の存在に。