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お目こぼしをどうかお願いいたします

 ハルバ伯爵は故トゥカーン男爵と同年代で、同じように武骨な風貌の人物であった。


 背は高く、肩幅は広く、胸板は厚い、その立派な肉体を鍛え上げているハルバ伯爵は、外見どおりの武断的な性格の持ち主だ。そのため、トゥカーン男爵がハルバ伯爵の派閥に属していたというより、ハルバ伯爵が武人的な領主や貴族を集めて派閥を形成しているという方が正しいだろう。


 そのような派閥ゆえ、先の大戦でこの国に点在している獣人の集落を攻めていたのだが、それは政治的な理由で手を引かねばならなくなり、ハルバ伯爵の派閥は大打撃を受けたのだが、それで派閥の領袖の気質が変わることはなかったから、こうして率先してサイコ・ゴブリンの討伐に動いていると言える。


 それに巻き込まれたユリィやリタからすればいい迷惑でしかなく、さらに迷惑なことにハルバ伯爵はたかだか冒険者風情を御前にお呼びになった。


 よほどサイコ・ゴブリンを撃退したという話が興味を引いたのか、晴れ渡る秋空の下、その巨躯を支えるに足る頑丈な椅子に腰をかけるハルバ伯爵は、何人もの厳つい風貌の貴族らを左右に従え、平伏するユリィとリタと対面したのだが、


「伯の御前で顔を隠すとは何事かっ! 無礼であろう!」


 取り巻きの貴族の一人が大声で怒鳴る。


 怒声を浴びたユリィは恐縮したように下げていた頭をさらに下げ、


「私は見てのとおり、人ではありません。その外見が伯爵様の、引いては皆様を不快にさせるかも知れませぬゆえ、顔を隠している点、お目こぼしをどうかお願いいたします」


 淡々と弁明する。


 理路整然とした弁明に、怒鳴り声を上げた貴族は鼻白んだが、


「そう言われると、返って興味がわく。わしらは気にせんから、顔を見せるが良い」


 このように言われては、ユリィも抗いようがない。内心で舌打ちしつつ、仕方なく覆面を取る。


「ほうっ」


 感嘆の声は、ハルバ伯爵のみならず、居並ぶ貴族らの口からももれる。


 リタも水準以上に可愛くはある。だが、ユリィの顔立ちは人ではあり得ないほど整っており、輝いてさえ見えた。


 ひとしきり水精族の美貌に見とれていたハルバ伯爵は、手を出すなよ、と言わんばかりに左右に並ぶ貴族らに鋭い視線を走らせてから、


「このように美しき娘が怪物を撃退した武勇の持ち主とは、いやはや、恐れ入った」


 ユリィが聞こえぬように何度も舌打ちを繰り返すほど、好色そうに相好を崩す。


 相手の、この助平親父の立場が立場である。ユリィはこの上なく内心で忌々しく思いながらも、


「それは買い被り過ぎにございます。私たちの場合、たまたま私の放った矢が当たったにすぎません」


 自制心を総動員して無難に応じる。


「たまたまであろうが、あの宙にある怪物に、矢であろうが何であろうが、当てること事態が厄介なことなのだ」


 一転して表情を引き締めたハルバ伯爵は、単なる助平親父ではない。


「あのように高い場所におられては、手が出し難い。下からでは武器はもちろん、魔法すら届かん。弓矢を射ても、見えない何かに打ち払われてしまう。一人でも多くの弓兵を集めねばならん」


 この国の武闘派をまとめているのは伊達ではないらしく、ハルバ伯爵は対サイコ・ゴブリンの要点を理解していた。


 何よりも、サイコ・ゴブリンへの対処戦法にしても間違っていない。


 サイコ・ゴブリンの倒し方として最善なのは、多数の弓兵を揃えて射落とす方法だ。とにかく、上空にいられては、弓矢以外の攻撃手段が届き難い。


 ただし、見えざる手足で打ち払えないほどの弓兵を集めれば、

勝てるというほどカンタンな話でもなかった。


 カサードの町に多数の弓兵を伏せ、サイコ・ゴブリンを迎え撃ったとしても、せっかく数を揃えた弓兵が十全に機能することはまずないだろう。


 遮蔽物のない平地なら、矢の雨を降らせて終わりだが、町中では建物が邪魔で、どうしても射線を確保できない弓兵が出るのは避けられない。


 加えて、サイコ・ゴブリンが来襲するのは夜であり、ゴブリンは夜目が効く。町中でどれだけ巧みに弓兵を伏せようが、少数ならともかく、多数となれば上から苦もなく夜闇を見下ろせるサイコ・ゴブリンに気づかれぬものではない。ヘタすれば、先手を打たれてかき集めた弓兵が一方的に倒されることも有りうるのだ。


 町に来襲する前にサイコ・ゴブリンを迎撃できれば、平地での戦い、多数の弓兵を活かせるのだが、それにはサイコ・ゴブリンがどこからやって来るか、把握せねばならない。


 だが、夜間、飛んで移動するサイコ・ゴブリンを追跡、捕捉するのは容易ではない。いや、ハルバ伯爵の手勢ではまず無理な芸当だろう。


 だからこそ、ハルバ伯爵は兵をかき集めるのみならず、冒険者に声をかけたと言える。


 そして、この勝つか負けるかわからぬ戦いに、ユリィもリタも身を置くしかなかった。



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