そのような話は我が主か伯爵閣下としてくれ
スウェアの町にサイコ・ゴブリンが二度目の襲来、ウィルたちとが一戦した夜から六日後、ウィルたちは借りの自宅に一人の兵士が訪ねて来た。
サイコ・ゴブリンを撃退した後、人と馬を手配して神父様の元に助けを乞う手紙を送ると、ユリィとサリアは御使いのいる教会にウィルを運んだ。
仲間であるセラが御使いであるのは、それなりに知られているので、ウィルを教会に運び込む際、セラが体調を崩したとごまかして、ウィルに治癒の御業を施してもらった。
当然、教会で御使いに御業を用いてもらった際には、相応の寄進が必要となる。手紙の速達に続いての出費だが、ケチるわけにもいかない。
安くない額の寄進は無駄にならず、これでウィルは動けるようになったが、所詮はスウェアのような辺境の小さな町でくすぶっている御使いによる癒しだ。良くはなりはしたが、完治にまで至らなかった。
普通に動く分には問題ないのだが、槍を振るうなどの激しい動作を行うと、まだ鈍痛が走るとのこと。
セラがもう一度、魔獣神に祈れば、ウィルの負傷は完全に治るかも知れないが、そのようなことを頼めるわけもなく、ウィルもセラも戦えない状態で夜を迎えたが、スウェアの町はサイコ・ゴブリンの三度目の襲来をその夜も、次の夜も、次の次の夜もという風に、今日まで迎えずにすんだ。
サイコ・ゴブリンの襲来のないことは、スウェアの町にとって基本的には良いことだ。ただ、完全に良いことばかりではなく、サイコ・ゴブリンの襲来のない夜が続くと、トゥカーン男爵の遺族による内輪もめが表面化していった。
武人気質であったトゥカーン男爵は自ら先陣を切ってサイコ・ゴブリンに立ち向かい、見えざる手足に叩き潰された。その際、見えざる手足は主だった騎士たちばかりではなく、トゥカーン男爵の長子の命も奪ってのける。
トゥカーン男爵家の当主と次期当主がほぼ同時に死んだが、当初はそれによる後継者問題は表面化しなかった。正確には、サイコ・ゴブリンへの脅威と恐怖に囚われ、そんなことにまで気が回らず、遺族は協力してサイコ・ゴブリンに対処しようとしていた。
しかし、そのような共闘関係は、サイコ・ゴブリンへの脅威と恐怖が薄れるつれて綻んでいき、ついには後継者問題の表面化へとつながっていった。
本来なら、トゥカーン男爵の遺族が骨肉の争いを繰り広げようが、ウィルたちには関係ない話だった。彼らがすべきことは、近隣の村々やカサードの町で暴れ回っているサイコ・ゴブリンを倒すため、弟か妹の来訪を待つだけであった。だが、それも一人の兵士、正確には故トゥカーン男爵の遺族の一人からの使者によって、方針の変更を余儀なくされる。
ウィルの負傷を聞きつけてというより、近所に越して来たのは伊達ではなく、ベルリナはほぼ毎日、訪ねて来ており、それはこの状況でも変わらない。
そして、恋は盲目と言おうか、見境や分別なくベルリナは冒険者ギルド職員として接した情報を、ウィルの気を引くためにぽろぽろとこぼしており、
「ハルバ伯爵一行はこの町に向かう途上、今回の騒ぎのために足を止めましてね。ただ、そのまま引き返さず、サイコ・ゴブリンを討伐するため、この一帯の領主方に兵を出すように通達したそうです。ハルバ伯爵はこの一帯の領主を統括する立場ですからね」
派閥の領袖たるハルバ伯爵の要請とあらば、断れるものではない。領主たちはハルバ伯爵の元に兵を率いて向かい、それは領主不在のスウェアの町も例外ではない。
むしろ、トゥカーン男爵が継子と共に死んだからこそ、トゥカーン男爵の遺族は後の後継者争いにハルバ伯爵の後押しを得るため、彼らは手勢を集めるだけではなく、
「我が町にはサイコ・ゴブリンを追い払った凄腕の冒険者がいる」
その一人が少しでもハルバ伯爵の歓心を得ようと、ウィルたちのことを伝えられては、安静と静観に徹していられるものではない。
興味を持ったハルバ伯爵は、その冒険者を連れて来るように命じたので、トゥカーン男爵の遺族の一人は手勢の兵士の一人を派遣して、ハルバ伯爵の意向を伝えたが、
「そのサイコ・ゴブリンとの戦いで、仲間が二人、負傷して動くに動けない」
一応、ユリィは遠回しに断りはした。
しかし、遣いの兵士からすれば、それで納得して引き下がるわけにはいかず、
「そのような話は我が主か伯爵閣下としてくれ。わしはあくまで遣いにすぎん」
仕方なく、ユリィは遣いの兵士の主人の元に行き、自分たちの現状を告げはした。
「冒険者風情が口答えするな。黙って伯爵閣下の元に行けばいいのだ」
権力者に居丈高に言われては逆らうわけにはいかず、さりとてウィルとセラは戦える状態ではない。セラに至っては、自ら立って歩けるかも疑問だ。
かくして、助っ人の到着を待たずして、ウィルとセラのことはサリアとベルリナに頼み、ユリィとリタは渋々、サイコ・ゴブリンとの再戦へと向かった。