まさか、こんなことになるとは
「くそっ、まさか、こんなことになるとは。オレの読みと考えは甘かったようだ。計算違いもいいとこだぜ」
ユリィを欠き、森の中をリタやセラと共に進むウィルが悪態をつく。
まだ朝も早い時刻に、三人が森の奥へ奥へと進むのは、もちろん、モーグの村から依頼されたゴブリン退治を果たすためである。
ゴブリンの襲撃、夜襲は一度きりで、それを撃退した後は何事もなく、ウィルたち四人もモーグの村の者たちも朝を迎えた。
ウィルにとって、いや、ユリィやリタにとっても、予想外の事態が生じたのは朝になってからで、モーグの村の者たちが誰一人として、朝飯を食おうとする気配を見せなかったのである。
もっとも、モーグの村の者はもちろん、セラにしても、
「食事は一日二食が基本ですよ」
当たり前のように言い放つ。
モーグのような豊かでない村では、一日二食しか食べない。だが、ウィル、ユリィ、リタは孤児院で一日三食、食べていた。
もっとも、セラは孤児院で一日二食の生活を送っていた。大半の孤児院は一日二食、貧しい孤児院になると一日一食の所もあるくらいだ。
ただ、一日三食の生活が当たり前のウィルたちにとって、モーグの村の食習慣は予想外であり、朝飯にもありつこうとした計算はご破算になった。
仕方なくウィルたちは森の中に入り、モーグの村の者たちの目につかないよう、携帯食糧で軽く朝飯をすました。セラは戸惑いこそしたが、仲間たちに合わせた。
朝飯をすませると、ユリィが先行した。野伏の彼女は野外活動のスペシャリスト。昨晩のゴブリンの足跡を追うなど、容易い。
ユリィが先行し、ウィルたち三人は彼女が木の幹に残した目印をたどって、森の中を進むが、その歩みはやや遅い。
ゴブリンの襲撃や待ち伏せを警戒して、慎重に進んでいるわけではない。
昨夜、夜襲に来たゴブリンらを追い払った後、ユリィとリタは再び少し寝てから見張りを代わった。その時、ウィルはちゃんと睡眠を取ったのだが、セラは興奮と緊張で中々、寝つけず、夜明け前に辛うじてウトウトできた程度なので、完全に寝不足だ。
元から体力のある方ではないセラの寝不足もあり、ウィルとリタは進むペースをいくらかゆるめているのである。
「……すいません。足を引っ張ってしまって……」
少し息が荒いセラだが、ペース・ダウンしてくれているおかげで、謝り、恐縮するだけの余裕はあった。
「森の規模から、急がないと日中にたどり着けないほど、ゴブリンのねぐらは遠くはないんだ。ヘタに急いで、息を乱して到着する方がマズイ。まっ、オレたちは新米で、こいつが初仕事だ。これくらいのことは仕方ない。それに普通の繊細な女の子なら、当たり前の反応……げふっ」
「うちが普通の繊細な女の子じゃないと?」
フォローの途中にリタの肘鉄を食らうウィル。
二人のやり取りにセラは思わず、クスッと小さな笑みをこぼす。
そこにタイミング良く、
「おしゃべりはここまで、だ。もうすぐゴブリンのねぐら、洞穴がある。見張りが二匹いる。ここからは足音も立てないよう、気をつけてくれ」
先行していたユリィが戻って来て、注意を促しただけではない。
「ごはっ」
ウィルのみぞおちに右ストレートを叩き込む。
「そして、私も普通の繊細な女の子だ。そのことを痛みと共にその身に刻んでおけ」
崩れ落ちる異性にも、注意を促した。