それならもっと派手に飛び散っているか
「死体の損壊は酷いの一言だ。オーガーやトロールどころか、巨人にでも殴られたのかと思うほどだ。だが、何より奇異なのは、逃げようとした村人の足跡はあるのだが、逃げようとした村人らを殺した者の足跡が見当たらないという点だ」
壊滅した村をざっと調べたユリィの報告に、ウィル、セラ、リタ、サリアは訳がわからないという表情になる。
「どういうことなのですか?」
「わからん。いったい、この村は何に襲われたのか。皆目、見当がつかん」
セラの抱く疑問は、首を左右に振るユリィのみならず、全員に共通するもの。
「山にいた私たちが気づかなかった。また、襲った何かも、山にいた私たちに気づかなかったというのは、まだ納得できる。しかし、この村を襲ったのが何であれ、死体や家屋の損壊具合からして、かなりの力が無ければできぬ芸当だ。その剛力に見合った巨体、大きな足跡でも残っていれば、まだ納得できるのだが……」
調べてわかったことを歯切れ悪く語るユリィ。
仮にオーガーの仕業としたなら、人より大きい足跡が無ければおかしい。仮に人間の仕業として、その足跡が村人のそれと判別がつかなかったとしても、死体の損壊具合は人の力では無理なもの。
「空を飛べる怪物に襲われたというのはどうだ?」
足跡の無い原因を強引に求めた推測を口にするウィル。
「空を飛べるとしても、着地した跡はあるはずだ。それにこれだけの破壊力。空を飛んだ、地面を踏みしめてなければ難しいだろう」
巨大なフライング・モンスターであろうが、空を飛んでいるより地面を踏みしめていた方が力を振るい易い。
ウィルにしても強引な推測なので、ユリィに理路整然と否定されては引き下がるしかない。
「じゃあ、怪物に持ち上げられ、上空から叩きつけ……いや、それならもっと派手に飛び散っているか」
「そうだ。それに私見を言わせてもらえば、死体の状態が大きな手で殴られたか足に踏まれたかという感じなのだ」
自らの推測を途中で否定したリタの見解を、ユリィがそう補足する。
「これは、これ以上ここで推論を重ねても、答えは出そうにないな。なら、考えるべきはオレたちが次に何をするか、だ。ここは他の村に危険を伝えてやるべきだろう」
危険に備えて武装はしているものの、夕方にはスウェアの町に戻る予定であった一同は毛布など野宿するための道具を持って来ていない。今からこの辺りの村々を回っていたら、確実に夜になる。
「空家はいくらでもあるだろうし、一晩くらいは何とかなるだろう。手遅れの村はあるかも知れないが、そうでない村もあるかも知れないしな」
ウィルの唱えるタダ働きにユリィも賛成し、セラが無言でうなずくと、リタやサリアも首を縦に振るしかなかった。
今、この辺りの村は日々、生き延びるので精一杯で、冒険者を雇うどころか、謝礼を払うことなどできないのがわかっていても、さすがに金がないからとこの状況を放置するわけにはいかない。
無論、村に留まって村人らを守るまでするつもりはない。あくまで危険を伝えるだけだ。その後、村人らが危険を避けるためにスウェアの町に逃げ込もうとするのか、敢えて留まるかまでは関与するつもりはなかった。
「可哀想だが、埋葬してやる時間も惜しい。せめて、冥福は祈らせてもらうが」
六人の死体を前に五人は短い祈りを捧げる。
不憫に思わなくはないが、この村のようにこれから全滅しようとしている村がないとは限らない。埋葬に時間を割き、危険を伝えるのが遅れれば、このような惨劇が新たに生じかねないのだ。
だから、ウィルたちは荷馬車を回収してから、ミューゼを含むこの辺りの村々を回った。
生き残りが全員、同じような死体の状態となっており、全滅した村は他になくはなかったが、それは一つのみ。他の村はウィルたちが伝えた内容に怯えはしたが、生きてはいた。
ともあれ、予想どおり村々に警告を与えている内に夜になり、適当な空家でウィルたちは一夜を過ごす。
その夜は思いの他、少ない被害に安堵した一同だが、翌早朝、スウェアの町への帰路に着いた五人は、その理由を知った。
帰路の途上、ウィルたちを模倣したとおぼしき、かごを背負った死体をいくつか見た一同が次に見た、いや、気づいたのは、外壁の一部が崩れたスウェアの町であった。