そろそろ手じまいにする頃合かな
「結局は取り越し苦労だったのかな」
今日も今日とて、山の幸で重くなったかごを背負うウィルがそんな感想を抱くのも無理はないというもの。
初日にゴブリンとの遭遇というトラブルはあったものの、それ以降は一度、クマの姿を遠目に見ただけ。この辺りの村でもゴブリンによる被害を耳にすることもない。
危険が予想されたから、ウィルたちは二日目から五人で固まって山の幸を摘んでいる。当然、五人で手分けしての採集ではないから、効率と収穫量は想定を下回っている。特に、レンジャーのユリィが単独行動を避けたため、獣の肉や皮をまったく手に入れられなかった。
「結果論を言っても仕方ないだろう。全員が無事でそれなりの儲けになった。満足すべき成果だろう」
ユリィが諭すように、無用な警戒をした挙げ句、思ったとおりの成果が得られなかったとしても、それはあくまで結果論にすぎないのだ。
目先の利益に目を奪われ、警戒を怠るようになれば、今はよくてもいずれ痛い目に合うことになりかねないのだから。
「それより、そろそろ手じまいにする頃合かな。だいぶ同業者が増えて来たし」
サリアの言うとおり、山の幸の独占的な採集でウィルたちが儲けているのが知られると、スウェアの町の住民の一部がそれに倣い出した。
足元を見ているとはいえ、ウィルたちは採集したものの一割を村に渡しているが、模倣者らは村々が無力化しているのをいいことに、山に黙って入ってごっそりと山の幸を盗って行く。
「連中と山の中でバッティングするだけなら、うちらもやりようがあるんだけど……」
リタが複雑な表情でつぶやくが、ウィルらに倣うスウェアの町の住民は単なる素人。山の中で出会った際、トラブルになっても怖い相手ではないのだが、
「しかし、心配しすぎというより、疑い過ぎではないですか? 毎回、荷馬車を隠しておくなんて」
セラが眉根を寄せて小さな不満を見せる。
ゴブリンの被害を受けて生き残りが肩を寄せ合っているのが、この辺りの村々の実状である。そんな貧して追い詰められている状態なので、ウィルたちは荷馬車を村人に見つからない場所に停めてから山に入っている。
村が普通に機能していれば、冒険者相手に窃盗を働くリスクはまず犯さないと信用もできるが、あまりに多くを失い過ぎた生き残りらに、法を守る心が残っているか怪しいところだ。
そして、山に勝手に入っている面々にも、法を守る心など期待できない。模倣者らと山の中でトラブルになっても対処しようがあるが、停めてある荷馬車を知らぬ間に盗まれてはどうにもならない。
どれだけ山の幸を手に入れようが、荷馬車を盗まれたら大損もいいとこ。それがウィルたちがまだまだ秋の実りの残る山から去る理由である。
「しかし、麓の村の方々は、この冬をどうのりきるのでしょう」
セラが心配するのも道理で、ゴブリンの大群に襲われて生き残った村人らは、もはや食うにも困る窮状にある。
被害を受けた村々には、もはやマトモな食糧がほとんど残っていない。村人らはゴブリンが荒らしに荒らした畑から、普通なら捨てるような作物を刈り取り、飢えをしのいでいるぐらいなのだ。
それでも秋口ならまだ山に入れば、野草や山菜などが手に入るが、冬となればそうもいかなくなる。
領主たるトゥカーン男爵に何らかの救済措置を求めても無駄である。それどころか、生き残った村人らの保護に騎士や兵士らを派遣した際、村から金目の物を回収して損失を少しでも埋めた方針から、せっかく生き残った命を切り捨てようとしているのは明白だ。
無論、セラとてゴブリンの大群による惨劇から生き延びた命も、冬になれば失われていくのはわかっており、それをどうすることもできないのも理解している。
だが、どんなに辛い現実でも生きている限り、歩き続けねばならない。
山を下りた五人が、たった六人の村人の死体が転がる、生き残りが絶えたより辛い現実を目の当たりしても、歩みを、考えるのを止めるわけにはいかないのだから。