冒険者ごときの真似事なぞせんとならんのだっ!
「クソッ、何でオレたちが冒険者ごときの真似事なぞせんとならんのだっ!」
冒険者ごときに先導される騎士ハロルドの吐き捨てた悪態に、他の二人の騎士も大きくうなずき、主君トゥカーン男爵の命令に不満の色をありありと見せる。
ウィルたちが冒険者ギルドに挙げたゴブリンの目撃情報は、紆余曲折はあったもののトゥカーン男爵の耳に届くと、スウェアの町の領主はゴブリンの掃討を配下の騎士三名に命じた。
この世界においてゴブリンは羽虫のようなもので、目障りでもイチイチ気にしていられない程度の存在だ。
が、ハルバ伯爵の来訪が迫る昨今、目障りなものは排除しておかねばならない。でなければ、厳格な伯爵の機嫌を損ねる明白というもの。
ただ、開拓事業の失敗で経済的な余裕のないトゥカーン男爵は、ゴブリンの掃討に大量の冒険者を雇うことはせず、部下に全て押しつけたのである。
トゥカーン男爵のご下命を受けたハロルドたちは貧乏くじも良いとこ。一応、二十名の兵を与えられたが、経費は出してもらえなかった。
ゴブリンの数十匹、二十名の兵を率いて当たれば、撃破はできる。しかし、それは真正面から激突したならば、だ。
山奥に潜むゴブリンらを見つけ出して討っていくというのは、騎士や兵士には不向きな任務だ。仕方なくハロルドらは自腹で冒険者を一組、雇い、ゴブリンの探索をさせたのだが、山奥に踏み込んだハロルドらは、雇った冒険者から不可解な報告を受けることになった。
「そこら中にゴブリンの死体が転がっている」
ゴブリンが山奥に潜み、待ち伏せなりをしているというのなら、悩むことなどない。雇った冒険者を先頭に進み、ゴブリンを討ち取っていくだけですむ話だ。
だが、討つべきゴブリンが討たれているというなら、事態は一筋縄でいかなくなる。ゴブリンが討たれた原因を調べ、それを排除しなければならない。
冒険者や騎士らが真っ先に予想した原因は、オーガーやオークなどがゴブリンの巣に流れ込んだというものだ。
怪物同士だから仲が良いとは限らない。ゴブリンのような弱い怪物は、オーガーやオークからすれば人間より狩り易いエサだ。オーガーがゴブリンをエサとして飼っていたり、オークがゴブリンを奴隷にしているのは珍しい話ではないのである。
この地のゴブリンは敗残の身。その勢力は弱っており、オーガーやオークに対抗できるものではない。それなりの数のオーガーやオークが流れ着いていたなら、ひとたまりもなく蹴散らされているだろう。
実際、冒険者が辺りを少し調べて見ると、ゴブリンの死体だけではなく、慌てて逃げ去ったものとおぼしき足跡も多数、そこら辺りから見つかったのだが、
「ただ、死体をそのままにしているというのは、どう考えてもおかしい」
オーガーやオークはゴブリンの死体も喰うのである。つまり、オーガーやオークが住み着いたのであれば、彼らはせっかくの食糧を放置していることになる。
実際、ゴブリンの死体の一部は野生動物に食い散らかされている。
ともあれ、数にもよるが、オーガーやオークを相手取るには、ハロルドたちの戦力は心もとない。無論、増援を頼むにしても、敵について調べねば、トゥカーン男爵の叱責を受けるだけだ。
それゆえ、冒険者たちにゴブリンを倒した相手を調べるようにハロルドが命じたのは、当然の判断であろう。
それが相手に気づかれずに正体を突き止めていたなら、その判断は間違いではなかった。
しかし、冒険者らに加え、兵士たちにもハロルドは付近の探索命じ、結果、数人の兵士が一匹のゴブリンに遭遇し、皆殺しの発端となった。
たかだか一匹、しかも肘から先と膝から先、両手両足の無いそのゴブリンは、不可思議なことに宙に浮いているだけではない。相対した兵士たちが次々と勝手に倒されていくのだ。
兵士たちは派手に吹き飛び、動かなくなる者が大半だったが、中には体がねじ折れて息絶えたり、見えない何かに押し潰されたような死体も転がった。
一匹のゴブリンにあっさりと殺されたのは兵士たちだけではない。ハロルドら三人の騎士も甲冑ごと全身をべこべこされて、カンタンに死体と成り果てる。
ただ、宙に浮くゴブリンの危険性と正体に気づいた冒険者たちは、真っ先に逃げ出した分、騎士や兵士よりも長く生きることはできることはできた。
必死に逃走する冒険者たちが一人、また一人と、見えない力で背中に強打を受け、全滅するまでに稼いだ距離と寿命は決して短いものではなかったのだ。
当然、冒険者たちは最短距離でスウェアの町に逃げ込もうとした。そして、必死の努力により、彼らの最後の一人はスウェアの町が遠望できる位置までは来ることができた。
結局、スウェアの町にたどり着くことができなかった冒険者たちだが、彼らの逃走は無駄どころか、巨大なマイナスになってしまったのは言うまでもない。
数十という同朋も人間もあっさりと殺したゴブリンに、その狩場の存在を気づかせたのだから。