脇の甘いマネをするわけないじゃないですか
冒険者ギルドは冒険者に依頼を斡旋するだけではなく、有料で情報を冒険者に提供している。
必ずしも、冒険者の求める情報がギルドにあるとは限らないのだが、雑多な情報が集まる冒険者ギルドには、冒険者にとって有益な情報があることが多い。
冒険者ギルドに様々な情報が集まる理由はカンタンなもの、冒険者から情報を買い取っているからだ。
ある冒険者には不用な情報を買い取り、別の冒険者には必要な情報を売り払う。そのように情報の売買を営んでいるので、ウィル、セラ、ユリィ、リタは久しぶりにゴブリンを倒したその日の夕刻、冒険者ギルドに訪れたのだ。
リタが襲いかかって来た四匹のゴブリンを返り討ちにした後、サリアの悲鳴を聞きつけてウィル、セラ、ユリィが駆けつけ、合流を果たした五人は、効率は落ちるが手分けするのを止めて山の幸の採集を続けた。
そして、収穫の一割を渡した村、正確にはその生き残りらにゴブリンの情報も渡すと、スウェアの町に戻り、サリアは山の幸を商店に売り払いに行き、ウィルたちはゴブリンの情報を売りに冒険者ギルドに来たのだ。
先に撃退したゴブリンの残党だろうが、新たに流れて来たゴブリンだろうが、どちらでも有害な点では変わらない。その遭遇・目撃の情報となれば、多少の金になると考えたウィルたちだったが、
「この度は貴重な情報をありがとうございますね。謝礼として、銀貨十枚を用意しますので、しばらくお待ちくださいね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
対応したベルリナの提示した金額に四人が慌てるのも無理はないだろう。
この世界の野山で見かけるなど珍しくないゴブリンの目撃情報など、銅貨数枚になれば良い方だ。前のように百単位のゴブリンがいるという情報ならともかく、ウィルたちのもたらした程度の情報など、銀貨一枚の価値もないので、
「ベルさん。冷静に、冷静に。私たちが遭遇し、倒したゴブリンはたったの四匹。数十や数百のゴブリンを見たというわけではない」
恋は盲目というにしても、限度がある。さすがに遠回しに職権乱用を止めさせようとするユリィ。
「あら、心外ですね。私がウィル君に迷惑がかかるような、脇の甘いマネをするわけないじゃないですか。延期になっていたハルバ伯爵の来訪が決まったという背景がありますから、安心してくださいね」
ハルバ伯爵が来るという情報をあっさりともらすあたり、あまりほめられたものではない一方、確かにそのような背景があるならば、たかだかゴブリンの目撃情報にそれなりの価値が生じるだろう。
元々、ウィルらがゴブリンの大群と戦うことになった遠因は、この一帯を治めるトゥカーン男爵がハルバ伯爵を招くに際して、領内のゴブリンを駆除しようとしたからである。
駆除しようとしたゴブリンの数が予想をはるかに上回っていたため、大金を投じた開拓地の村々がほぼ壊滅してしまい、トゥカーン男爵はハルバ伯爵を招くどころではなくなったが、だからといって派閥の領袖との交流をおろそかにするわけにはいかない。
むしろ、窮地にあるからこそ、トゥカーン男爵としてはハルバ伯爵とのつながりをより密にする必要があると言える。
かくして、手を尽くしてハルバ伯爵の来訪を取りつけたトゥカーン男爵としては、ゴブリンの横行を許して派閥の領袖の機嫌を損なうわけにはいかないというもの。
ハルバ伯爵の機嫌を取るためなら、トゥカーン男爵も不経済などとのたまうことはないだろうから、たかだかゴブリンの目撃情報でも貴重なものとして処理できるだろう。
もちろん、それもベルリナがうまくこの情報を処理してこその話だ。
そして、わざわざ手間をかけて、たかだかゴブリンの目撃情報にたっぷりと付加価値をつけようとする、ベルリナの意図を敢えて述べれば、
「ともあれ、私に任せてくださいね。うまく処理しておきますから」
愛ゆえに、ということになるのだろうか。
「……えっと、ありがたいけど、そんな無理はしなくていいよ、ベルさん」
さすがに冒険者ギルドの職員としてよろしくない対応をしようとしているベルリナに、ウィルは難色を見せるが、
「あら、これくらいの無理、何ということもありませんね。ウィル君のためと思えば」
たしかにこれくらいの無理なら、まだ何とかなる程度のことではあろう。
だが、特定の冒険者、いや、特定の異性のために行うこの手の無理というものは、得てしてエスカレートし易いものなのだ。
女性として踏み出ること自体は間違いではない。しかし、職員として便宜や裁量の域を踏み越えるのは、明らかに間違いであるのだから。