真の戦士になれんよ
種まきや刈り入れの際は目が回るほど忙しい農村は、それ以外の時期は比較的に楽というわけでもない。
冬場の農閑期は出稼ぎや内職などで忙しく、普段も農作業の片手間に木材を切り出したり、たきぎを拾ったりしている。
そして、内職やたきぎ売り、木こりの真似事と並んで、薬草、山菜、野草、キノコ、木の実などの採集も農村の貴重な副収入となっている。
だから、どの村も山の幸をよそ者が持っていかないように気をつけている。勝手に山の幸をごっそりと持っていこうとした者が、村人らに見つかってフクロにされたというのは珍しい話ではない。
それゆえ、刈り入れを終えた農村が一息ついた直後、越冬の準備と並行して、山の幸を求めて山林や森の中を一日中、歩き回るのが常なのだ。
ただ、それも通常の話でしかない。
ミューゼなどのゴブリンの被害を受けた村々にそんな余力などないのは明白なので、
「山で得た物の一割は渡しますから、私たちに採集を委託しませんか?」
そこにつけこんで足元を見たのがサリアである。
ゴブリンの被害を受けた村々は、山に見張り立てることもできない状態にある。無断で山の幸の十割を持っていかれても、どうすることもできない彼らに、選択肢の余地などなかった。
かくして、サリアはウィル、セラ、ユリィ、リタは秋の山を手分けして歩き回っていた。
ここらにあふれていたゴブリンらの大半は死に、生き残りは山の深い場所に去っているが、狼やクマといった危険がないわけではない。
なので、五人はウィルとセラ、リタとサリア、ユリィという風に分かれて行動している。
狼やクマくらい、ウィル、ユリィ、リタなら充分に対処できる。ユリィが単独なのは、レンジャーである彼女は採集ではなく狩猟が主目的だからだ。
ちなみに、サリアはウィルと組むことを望んだが、厳正なくじ引きの結果、セラは二人きりとなるチャンスを得たのだ。
ザインに、リビング・デッドに襲われ、それを危ういところで助けられて以降、ウィルに好意を抱き、それを隠そうとせず、熱烈なアプローチを続けているベルリナの存在と行動は、言うまでもなくセラの心中を穏やかならざるものとしている。
有り体に言えば、危機感すら覚えているのだが、それで積極的になれたなら、苦労はないというもの。
そもそも、この期に及んで未だに自分がどう想っているかを自問自答しているセラは、悶々としながら手つかずの山の幸を背中のかごに黙々と摘んでいき、
「……ちょっと休憩を入れるか」
「は、はい。わかりました」
結局、昼近くになってウィルに声をかけられるまで、何一つアプローチをかけるどころか、自分の想いをハッキリさせることすらできずにいる。
ウィルもウィルで、そんな心中や想いに気づくことなく、ゆるやかな傾斜の、踏み固めただけの山道を歩き、適当に休める場所を求めて動かしていた足が不意に止まる。
「……ど、どうしまし……っ!」
足を止めたウィルに、口元を片手で押さえられたセラは軽く驚いたが、なぜ、ウィルが足を止めて自分の口を押さえたかの理由を理解すると、セラはしばし愕然となり、次いで顔を真っ赤にしたのは当然の反応だろう。
ウィルとセラの視線の先、小さな泉の側にいる一組の男女は、二人も一応は顔見知りである冒険者、カイムとメリルであった。
スウェアの町からほど近く、狼やクマが出ないこともない山ではあるが、冒険者が仕事となるネタのある場所ではない。ウィルたちがここにいるのも、サリアに声をかけられたからこそである。
一度、仕事を共にしただけで、カイムとメリルは交流のない冒険者だ。二人の目的や行動に興味はないのだが、それも程度による。
休憩に適した泉の側にいる先客ら、二人が口づけだけでは終わらず、メリルの胸をもんでいたカイムがその服を脱がして、自分もズボンを脱ぎ始めると、
「……音を立てずに離れるぞ」
側で休むわけにも声をかけるわけにもいかず、声をひそめるウィルの指示に、セラは顔を真っ赤にしたままうなずき、二人は抜き足差し足で来た道を戻る。
喘ぎ声が聞こえない辺りまで離れると、
「あ、あの、えっと、その……」
「落ち着け、セラ。動揺するのはわかるが、まあ、落ち着け」
落ち着けと言われても、見たもんが見たもんである。とても、平静でいられるものではない。
「冒険者としてうまくいっていないんだろ。あの二人ならさもありなんだが、当人らはそうした現実に苛立ち、身近な相手をそのはけ口にしたってところだろう」
まだ心臓の動悸も顔の紅潮もおさまらないセラだが、ウィルが妙に冷静に分析を口にすると、それをきっかけに心の動揺がおさまっていき、
「な、何で、そんなに冷静なんですか?」
「フッ。この程度、顔見知りの情事くらいで動揺していては、真の戦士になれんよ」
「はあ。それで、真の戦士さん。何で、前屈みになっているんですか?」
もちろん、それに答えられるものでもなければ、答える時は一気に無くなった。
ウィルとセラの耳に喘ぎ声ではなく、サリアの助けを求める声が届いたのだから。