第七話 幻想世界の勇者召喚―3
……遅れて申し訳ない
5年後、フレサキナ王国は戦火に包まれていた。
魔王を倒された事で圧倒的有利に立ったように見えた人間族だったが、その実、水面下で魔人族は力を蓄えていた。
ありとあらゆるところに魔族の手が忍ばされていたフレサキナ王国はもはや滅亡を免れないだろう。
そんな中、シア・フレサは魔本使いのもとを訪れていた。
「どうして力を貸して頂けないのですか!」
彼女は魔本使いに応援を頼んでいたが、すげなく断られていた。
「どうしてって言われてもね……これは君が頼んだ事じゃないか。」
「今、応援を頼んでいるでしょう!」
シアは訳がわからなかった。
いきなり魔族に攻め込まれたことも。
姉が自分の身代わりになったことも。
魔王を倒した勇者様が力を貸してくれない事も。
「いや、その前の話さ。君は言っただろう。
「私の国を助けてください。」ってね。」
勇者様が何を言っているのかも。
「僕はちゃんと君の国を助けたさ。先々代魔王の娘、シア・ルシアスさん」
訳が、わからなかった。
「な……何を言ってるのですか、どういう意味か……」
「そのままの意味さ。君は人間に囚われた魔人族の人質だったということさ。」
「……」
「いきなり王を殺してもよかったけど、君の身が危ないし危険が残る。」
「……」
「先代の魔王は脳筋で、そのまま攻め込まれたら全滅する可能性もあったから、殺して首をすげ替えた。幸いにも優れた後継者がいたからね」
「……」
「きっとその人だったらちゃんと潜伏し、勝算ができるまで力を蓄えると思ったからね。」
「……」
「こうしてフレサキナ王国が滅べば、魔人族達が危険にさらされる事はないだろう。」
「……私は魔人族ではありません。」
シアは考えていた。そんな訳ないと。魔人族には銀髪という特徴があったからだ。
「そんなことはないさ。」
魔本使いが指を鳴らすと、シアの髪が金髪から銀髪に変わる。
「まあ、親心だったんだろうね。人質の時に迫害されないよう、魔人族の証である銀髪じゃなくしたのは。魔人族の得意な闇魔法で色を変えていたんだろう。」
「では、第三王女として育てられたのは……」
「抑止力のパフォーマンスかなあ?」
「人質の王子は……」
「事実だよ。君と交換の人質さ。両者から人質を出しあって友好と牽制とする政治的な判断だ。とはいえ、どこの馬の骨ともしれない農民の娘との子だけど。」
シアは混乱していた。
質問する事に自分の知る世界が壊れていくような気がした。
……いや、でもまだわからない事がある。
「では、なぜ……私に勇者召喚をさせたのですか?」
一縷の望みをかけて質問した。
王は期待していると言ってくれた。
もしかしたら、私に情が移ってしまったのかもしれない。
私は産まれた国を裏切ってしまったが、育てた父に必要とされたのかもしれない。
私は愛されていたと信じたかった。
「どうでもよかったんだろう。成功して勇者が魔王を殺してくれれば万々歳だし、成功しなければ民を纏めるために使ったんだろう。私たちはまだ自分たちの力でこの危機を乗り越えられるという啓示なのだ。とでも言って煽動してさ。」
もう、何も信じられなかった。いや……信じたくなかった。
全部嘘だと……そう思いたかった。
そんな思いとは裏腹に私の口は言葉を紡いでいく。
「姉様がっ……姉様が可愛がってくれたのも嘘だと言うのですか!」
「それは本当だろうさ。君が魔王の娘だと知っているのは王も含めて数人しかいないからね。」
救いが欲しかった。希望が欲しかった。
でも私に待つのは絶望だけだった。
私は確かに愛されていた。
しかし、私は愛してくれた姉様を裏切っていたのだ。
私の求めた救いは、同時に大罪をもたらした。
「……私の、魔王の父は……何をしているんですか……」
私は浅ましくもまだ救いを求める―――
「もうこの世にはいないさ。君を人質にされた時点で失脚してる。」
全てが、自分のせいで壊れてしまった。そう感じた。
もはや、自分が生きているのを許せない。
自分が何をやっても、愛する人を傷つけてしまう。
「ごめんね、そんな顔をさせたかった訳じゃないんだ。」
「ただ、君の祈りに答えてあげたかっただけなんだよ。」
魔本使いは思っていた。
また、失敗してしまったと。
邪神の僕が人を助けようとしても、運命は強烈に悪い方へとねじまがる。
篭の鳥だった彼女を魔人族のもとに返してやろうと思っただけだった。
邪神の僕に祈ってくれる人は少なかったから。
あまり影響しないように、最低限の動きで補助したつもりだったが、それは無意味だったんだろう。
彼女に、慰めになるかどうかもわからない言葉を投げ掛ける事にした。
「ここで起きた事は、何一つ君のせいじゃない。」
「君は勇者召喚何てしてないんだ。僕はたまたまここに転移してきただけで、君の力で呼ばれた訳じゃない。」
「君はただ単にフレサキナ王国の安全を祈っただけなんだよ。君が悪いことなんてない。」
シアは泣き崩れた。もはや自分が何をして、何をしなかったのかすら理解できなかった。
魔本使いは、また、失敗した。
自分の周りが台無しになっていく感覚を感じていた。
こうなっては、彼にできる事はもうなかった。
魔本使いの足元から光が立ち上る。
魔本使いは一言、
「……ごめんね。」
とだけ口にし、光に包まれ―――
この世界のどこにも存在しなくなった。