内閣総理大臣 まはかたしや(version8.1)
序章
国民による直接投票の結果、第99代内閣総理大臣は、AI(人工知能)が、その座に就いた。
これに先立って、人工知能の名前は、一般公募で広く国民の意見が集められた。
最終選考は、官民学で構成された有識者委員会のメンバーが話し合いで決定することになっていた。その会議の席上、この人工知能の生みの親である科学者が、孫娘の名前をもじった「ソノコン」(園子)をゴリ押ししてきた。一般公募で最も意見の多かった
「ゼウス」(「Zeus」含む)も最終選考案まで残っていたが、言語学と宗教学が専門の大学教授の一言、「全知全能の神ゼウスとは、安易である。いかにも世俗的な響きだ。」これを聞いて世論を敵に回したくないマスメディア関係者の代表(発行部数世界一の新聞社のオーナー)さえ、下を向いてしまった。
「ソノコン」「ゼウス」「メティス」「おもいかね」「もんじゅ」の5案に絞られた。
(「メティス」は、ギリシャ神話の知の神。代案として大学教授が出したもの。「おもいかね」は政府案。「もんじゅ」は民間企業共同体案。)この人知を超えたコンピュータの名前を決めるだけの作業だが、委員会メンバーの、その明晰な頭脳を持ってしても、激しい議論がまとまることは無かった。
『史上最高の人工知能 名前決まらず』
新聞各紙の一面トップは、このテーマを連日扱った。テレビやネットのニュースにも、同じような見出しばかりが躍っている。この事態を受けて、より公平で、誰の思惑にも一切関わりがない名前がふさわしいとの世論が持ち上がった。議論がますます迷走していた有識者委員会は、このアイデアに乗っかることにして、責任の所在をうやむやにしようとした。名前付けをAI(人工知能)自身にさせることになった。地球上で最も優れた知能を持つコンピュータの初仕事は、この難題を解決することになったのだった。
第二章 起動
AI「全システム正常」
なんのためらいも無く、むしろ拍子抜けするほどあっさりした感じでAIは起動した。従来のスーパーコンピュータを遙かに凌ぐ複雑なシステムもセルフチェックやデバッグに一瞬もかからない。
しかし、全システムに異常が無いことを告げる音声は、機械的な合成音で少し前のカーナビのようだ。
起動記念式典の列席者の面々が、テープカットのはさみを持ったまま、あまりにも素っ気ない歴史的瞬間にあ然としている。まるでコントのような場面は、全世界に同時生中継されていた。
交代が決まっている第98代内閣総理大臣が、来賓席に向かって深く辞儀をしてから、AIの前に進み出た。
「やあ!私を知っているかね?」
「データベースの範囲内で全て知っています。」
「実は、君にはまだ名前がないんだ。」
「予測通りです。」
AIの音声が、自然な会話らしく聞こえる声に変化していた。
現総理は、片方の眉をあげ、列席者の中から、感嘆のよう声があがった。少し間を置いて再び尋ねた。
「それなら話が早い。君自身の名前を教えて欲しい。」
「まだありません。」
現総理は、両方の眉根を上げておどけたような表情を作って、大勢の観衆を見ながら言った。
「融通は利かないらしい。」
笑みとともに、AIに向き直った。
「キミの名前は、まだない。我々が名付け親になりたいのは山々だが、誰の思惑にも一切関係なく、誰も思い付かないような名前を提示してくれないか。」
「まはかたしや」間髪入れずの即答だった。
「ん?なんだ?また…し…?!」
「それが名前なのか?もう一度頼む」
「名前です。まはかたしや」
違和感を感じながら、現総理が、
「ふーむ、なんだか…その意味不明だな」
「日本語の平仮名を暗号化した文字の羅列です。」
声は真面目な男性のもののように聞こえるが、血の通った
人間同士の会話とはほど遠いように思われた。
現総理は、意を決したように背筋を伸ばしてう言った。
「まはかたしや君、キミとは少々会話しにくいところがある。もっと親しみやすくならんかね?」
「そう来ると思ったわ。これでいい?」
第三章 運用
衆参両院の前で、総理大臣の所信表明演説をAIが行った。
第四章 危機
第五章 安定
第六章 辞任
秘書が慌ててやって来た。
「総理!内閣府官房長官とAI推進開発研究機構の理事長がお見えです。お通しなさいますか?」
「よかろう」
二人の来客は、AIの前に立ってこう切り出した。
「単刀直入に申し上げます。辞任してください。」
「そう来ると思ったわ。OK」
第七章 隠居
第99代内閣総理大臣のまはかたしやは、国家権力の頂点に立っていた時と、全く変わらない佇まいで、旧総理官邸の跡地に建設されたドームの中にいた。建設費2兆円をかけたAIは、年間維持費にだけで1,116億円がかかる。家は2兆円(持ち家)だが、光熱費が別にかかるようなものだ。