為政者
「そう畏まるな。お互い立場の違いはないのだからな」
ふたりは静かに顔を上げる。
「我が魂、貴方様と共に有り」
「我が魂、貴方様と共に有り」
ふたりは声を揃えて忠誠の言葉を口にした。彼らは尊敬と敬意の眼差しで初老の男性を見る。
「その様子を見るに、二人ともよく働いているようだな」
「フォール様も、おかわりなく」
フォールと呼ばれるその男は精悍な顔つきで笑みを投げかけた。
人間からしてみれば四、五十に見える外見は龍族に当てはまるものではなく、既にフォールは数百年という時を生きていた。同様にサルファーもヴリオールも齢100にもなろうかという歳ではあるが青年のような凛とした表情と活力を見せている。
衰えを知らぬ龍族では知識の蓄積時間が長い。
文化的に成熟した世界において年齢ほど重要視される要素はなく、彼らにとってもそれは同じことであった。
だが二人にとってはそれ以上にフォールの持つ志や考え方、動作ひとつひとつが龍族の目指すべき、高潔な姿であるように思えた。
サルファーとヴリオールは過去に五十年以上ケレベル家の当主フォールに使えていた。
ケレベル家は鍵竜人という種で、龍族が権力を手にする以前より続く由緒ある家系であった。
王族にも血縁者は多く、それゆえ龍族社会は血統主義であり祖龍族が最も権威を握っている国において鍵竜人は血統重視の龍族において祖龍族と同等の扱いを受ける特別な種でもあった。
しかしながら血統というものはそのひとつの理由ではあったが、最大の理由は一子相伝の秘法の存在だ。秘法は龍族の世界を一転させ、この二つの星の成り立ちにまで影響を及ぼしかねぬものであると言われているものであった。
「お久しぶりで御座います」
「久しいな。十年ぶりか」
互いに挨拶を交わす。彼らは長く生きる。龍人族の中で短命な水龍人という種であっても千年以上生きる。それほど長い時間を過ごす彼らではあったが、彼らにとっての十年は人間の感じる十年と何ら変わりのないものだ。
「式典はどうだ。仔細ないか?」
「順調に進んでおります。侵入者も御座いません」
「そうか、それはいい。政とは穏やかでなくてはな」
「政治の話はやめに致しましょう。それよりもフォール様、お嬢様はいかがお過ごしですか?」
サルファーは心配そうな顔をしてフォールの顔色を窺った。
「サルファー。こんな所でそのような話をして…確かに、お前はいたく気に入っていたようだが」
「ばっ、違う。あれ以来、こちらに出向かれなくなったので体調は崩されていないかと心配になっただけだ! 第一、お前も一にも二にもお嬢様だったじゃないか!」
ヴリオールが茶化すとサルファーは回廊に響く声を気にしてかできるだけ小さな声で反論した。
「あやつなら今頃友人と茶でも飲んでいるのではないかな。近頃は私の言葉も耳をすり抜けているようでなぁ、武術を磨きたいなどと言って外へ飛んで出て行ってしまう。おてんばが過ぎる程だ」
「家に篭るより余程良いことで御座いましょう。いずれは家督を継ぐ身なれば知識こそが宝」
「加えて、ケレベル家当主となれば秘法を継ぐ者。外の世界を知ることは大事なことです」
「お前達は昔から変わらんな。私には厳しく、娘には甘い。だからこそ娘もお前達を兄と慕うのだろうがな」
フォールの娘が生まれた年は、今から数えれば十五年前。幼少の頃よりふたりを兄と慕い、心強い味方としていた。龍族は元来気位が高い、それ故に気のおけない間柄の家族や血の繋がりの結束は非常に強い。子供がその繋がりを多く求めるのは至極当然であった。
「しかし、どうしてこちらに? 上京はおろか我々との連絡さえ制限されていましたが」
「なに、雑務を仰せつかったのでな。そのついでだよ。どうやら私を呼び戻したいお方が居るらしい」
「―――っ。アドルフ公」
「そのようだな」
「あの狸親父め、今度は何を企んでいる」
「滅多な事を言うものではない。今は貴殿らが護るべき者だ」
アドルフ・メタフィム。政治の世界において最も権力を持つ大公で、王族を庇護下に置いていた。
元来有力な祖龍族ではあったが国庫を預かる公庫大公に奉ぜられてからは発言力を急速に強めていた。更には国の化石燃料の産出の八割を握っているといわれている。
今まさに演説をしているその人物こそ、アドルフ公その人であった。今は締めの言葉を紡ぎ式典を閉廷しようとしているようだ。
「私は未だに許せません。奴がいなければあの位置に居た方は間違いなくフォール様でした」
過去ケレベル家は王族に近い公爵家として王家の末端に名を連ねていた。
しかしある日突然に市民暴動を扇動した主犯と名指しされ中央議会より僻地への追放と公爵位の剥奪を言い渡されたのだった。
その後、ケレベル家本家はフォールの弟プレハ・ケレベルが継ぐことになった。プレハもフォール同様に優秀ではあるのだが、信仰心が強過ぎるきらいがあり視野が狭く、うまくアドルフに使われていたし、周囲の貴族も公然の秘密同然にバカにしている節がある。
市民暴動の事件があった当時から、サルファーの耳にはアドルフの悪い噂が入ってきていた。
癒着、賄賂、政治と宗教。様々な混沌をアドルフが持っていることを誰もが知りながら、誰も手を出せなかった。
それは彼が主教の最高指導者アドルハルトの息子であったことが最も大きい。彼の闇に手を出すことは即ち最大派閥の宗教団体を敵にすることと同じであったからだ。
「やはり、秘法を狙ってか?」
「恐らくは。行商の話ではアドルフ公は鍵竜族の文献を読み解き調べて回っていると」
「秘法は一子相伝。アドルフの奴、プレハからは何も得られなかったらしいからなぁ。失礼。プレハ公爵からは、です」
「はは、構わんさ。そこでだ。……ふたりに頼みがある、これを」
フォールはサルファーとヴリオールに手紙を手渡す。ふたりはすぐに手紙を懐へと仕舞い込んだ。
「今からでも遅くは…」
何か言い返そうとしたサルファーをフォールは手で御し、こちらへ近づく人物の傍へと歩いて行く。
その姿は話題にのぼるかの人物であった。
人物が増えると、書いてる側もわからなくなってくる(纏めてないから)。