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神の番犬  作者: 沈丁花
神の番犬 第1章
3/23




 それは雨の降る夜のことだった。

 土砂降りの中、夜の街を駆ける一人の少女がいた。

 妖しく光るネオンには目もくれず、少女は何かから逃げるように、無我夢中で走っていた。

 フードを深く被っているだけで傘は差していない。紺色のパーカーは雨を吸収して数段色を深めている。

 重くなって肌に纏わりつくパーカーに顔を顰めながら、少女はすぐそばの角を曲がった。そこで傘を差した仕事帰りと思われる女性とぶつかったが、謝る余裕もなく、すぐにまた走り出した。

 いつもは深夜でも人で溢れている街が、その日は大雨で賑わいを失っていた。

 少女にとってそれは良いとは言えない状況だった。人混みがあればそれに紛れることが出来たのに――――。

 少女は注意深くまわりを窺いながら走り続けた。

 大きな通りを抜け、人通りの少ない道まで来た時、少女の目には、自分を追いかけてくる“それ”が映った。

「……っ!!」

 反射的に路地に滑り込んだ。足元に転がるゴミが少女の足を鈍らせる。

 必死に走り続けたその足が止まった。

 目の前に高い塀が立ちふさがっていたのである。

行き止まり――――。

 後ろを振り返ると、“それ”がすぐそこまで迫っていた。

 追い詰められ、じりじりと後退った。悔しげに“それ”を睨む。

 小さな背中が塀に触れた瞬間、“それ”は少女に向かって全速力で襲いかかってきた。

 少女はぎゅっと目を瞑った。


――助けて……!


 その時、


「去れ!」


 空気を切り裂く鋭い声が響いた。

「……?」

その声に恐る恐る目を開けると、既に“それ”は消えていた。

 二つの人影がこちらに駆け寄ってくるのが見えたが、少女の体力はすでに限界を超えていた。

 視界は霞み、意識は朦朧とする。身体に力が入らず、今にも膝から崩れ落ちそうだ。

―――あなた、大丈夫?

 女性の声がするが、耳に膜が張ったように、遠くで響いている感じがする。

 視界が揺らぎ、倒れかけた身体を誰かに抱きとめられた気がした。

 そこで少女の意識は途切れた。




 「あの子……またうなされてるみたい」

 真城桜子は、洗面器の水を取り替えながら言った。

「熱は下がった?」

 朝の情報番組を見ながらそう訊いたのは儀同優一―――桜子とともにペットショップで働く二十三歳の青年である。

「それが、まだ下がらないの。三十九度もあって……本当に苦しそう」

「かわいそうに……病院に連れて行ってあげられたらいいんだけどね……」

「うん。でもあの子……『GENUINE BLACK』の『HINA』……だよね?」


 GENUINE BLACK―――通称GENNY。絶大な人気を誇る音楽グループである。メンバーはボーカルのHINAと、ギターのJIN、ベースのYUKITO、ドラムのMIKAGEの四人だ。

 HINAはその愛くるしいルックスと、天真爛漫さで世の男性の心を掴んで離さない。それだけでなく、彼女の持つ澄んだ歌声は「天使の歌声」と呼ばれ、男女問わず魅了した。

 JINは、まだ幼さが残るHINAとは裏腹に、理知的で落ち着いたクールな男性である。彼が醸し出す、いわゆる「大人の魅力」もさることながら、その涼しげな切れ長の目の虜になる女性は後を絶たない。

 ベースのYUKITOは非常に寡黙な青年で、同じクールなJINとはまた違った魅力がある。ドラムのMIKAGEは持ち前のその明るさで、GENNYのムードメーカー的存在だ。

 四人が魅力的であることは言うまでもないことであるが、彼らのライブパフォーマンスにも定評がある。

 GENNYのライブは基本、「コスプレ」で行われる。彼らの曲にはバラードやロック、ポップスなど様々なジャンルがあるが、それぞれに衣裳が決まっている。HINAがエプロンドレスやメイド服なら、JINたちは燕尾服や執事服だったり、四人で猫耳や犬耳、尻尾を付けてみたり、軍服でクールな雰囲気を出してみたりと、様々なコスプレでファンからの人気を得ている。

 また、アリーナやホールなどの大きな施設でライブを行う際、ホログラムによって大規模な演出が行われる。雨や雪、海や絵本の世界などで彩られる幻想的な空間は、もはや作品と言って良い程のものである。

 なんでもその演出はボーカルのHINAが積極的に提案しており、舞台監督のような役割も担っているのだという。

 そして今、桜子のベッドで高熱を出してうなされているのがそのHINAだった。




 あの日、優一と桜子は仕事の帰りにスーパーに寄った。

 買い物を終えた二人がスーパーを出てすぐそばの角にさしかかった時、桜子は小柄な人物とぶつかった。

 幸いどちらも怪我はなかったが、相手は傘も差しておらず、ずぶ濡れの状態だった。フードを深く被っていたので男か女かも分からなかったが、その様子が変だということは二人ともすぐに気付いた。

 二人はその人物を追いかけてみることにした。

 途中、姿を見失ってしまったが、そこで上空に異様なものを見つけた。

 火の玉。

 大雨など関係ないかのように猛然としてそこにある炎が、空中に浮いて彷徨っていた。

「あれは……!」

 優一は目を細めてじっと目を凝らした。

 すると、ふわふわと浮かんでいた火の玉は急に活発に動き始めたかと思うと、ある方向に向かって飛んでいった。優一と桜子はそれを追いかけた。

 狭い路地に入った火の玉に二人も続くと、路地の突当りにさっきの人物が追い詰められたように立ち尽くしていた。

 火の玉がその人物に向かってかなりのスピードで動き出したのを見た優一は即座に叫んだ。「去れ!」と。

 すると火の玉は弾けるようにバチッという音を立てて消えた。

「あなた、大丈夫?」

 その時フードが外れ、その人物の顔が露わになった。それはまだ幼さの残る少女だったのだ。

 少女は何か言おうとした様子だったが、それが声になる前に身体が前のめった。

 優一は少女の身体を抱きとめると、彼女の頬が赤いことに気付いた。額に手を当てると、かなりの熱がその手に伝わる。

「まずいな……すごい熱だ……」

「とにかく、早く家に!」

 優一は頷くと、少女を背負い、桜子は荷物と傘を持った。一つの傘に三人入りながら、二人の住むマンションへと急いだ。

 家に着いてからすぐに、桜子は少女の世話をし始めた。

 濡れて重くなった衣服を何とか脱がし、髪と身体を綺麗に拭いた。風呂に入れようにも、一人ではかなり大変なので、とりあえずタオルで拭くだけにしておく。

 買ったばかりのもこもこしたパジャマを着せ、ベッドに寝かせて布団をかけてやると、少女の苦しげな顔がいくらか和らいだようだった。

 桜子と優一は、交代で一晩中彼女の看病をした。翌日が火曜日―――つまり二人の休日だったのはかなりラッキーだった。



 二人は眠い目をこすりながら、朝食の準備を始めた。

 ろくに寝ていないので疲れもほとんど取れていない。結局、手間のかからない目玉焼きとサラダ、そしてご飯と味噌汁というシンプルな朝食となった。

「でもどうしてHINAが……」

 昨夜の出来事を思い返しながら、桜子は首を傾げた。

「明らかに何かに追われていたみたいだったね」

「あの火の玉?」

「うん。……相手はおそらく、炎を操る“能力型”だろうね」

 あの雨の中で消えるどころか、その勢いが弱まることもなく存在していた炎。あれは紛れもなく〈狩る者〉のものだった。

 優一は溜め息を吐くと、ズズ……と味噌汁を啜った。

「それでね、あの子、『じんさま、じんさま』ってうなされてるみたいなの。ねえ、その『じんさま』ってきっとJINのことだよね」

「そうなんじゃないかな。一緒に音楽やってるんだし。でも『さま』っていうのは少し気になるね」

「テレビに出てる時は普通にお互い『JIN』『HINA』って呼び合ってるけど……二人ってどういう関係なんだろう」

「何か深い事情がありそうだね。昨日のことと何か関係があるかもしれない」




 〈狩る者〉――――彼らはそう呼ばれる。

 彼らが〈狩る〉のは“時間”である。

 〈狩る〉方法はただ一つ。人を殺すことだ。

 人には年齢という、幾重にも積み重なった“時間”がある。彼らは人を殺すことで、その人が積み重ねてきた“時間”を奪い、自分のものとすることが出来る。

 そしてその“時間”は大抵、〈袖の花〉と呼ばれる、〈狩る者〉と行動を共にする女性の中に蓄積される。

 彼らは突如として力を手に入れ、その正体を隠しながらどこかで生活している。実際にどれほどの数の〈狩る者〉がいるのかは、彼ら自身も分かっていない。

 しかし彼らの世界で、ひときわその名を轟かせる三人の男がいた。彼らは“三鬼”と呼ばれ、恐れられている。

 何を隠そう、そのうちの一人が儀同優一であった。真城桜子は彼の〈袖の花〉なのだ。

 その中でも“最強”と謳われた彼は、しかしいつの日か〈狩る〉のをやめた。

そして、自らが〈狩った〉“時間”を、他人に分け与え始めたのである。ついこの間、死の淵を彷徨った少女にそうしたように。

 彼がなぜ〈狩り〉をやめたのか、そしてなぜ“時間”を分け与えるのか――――それは優一と桜子しか知ることのない謎だった。




「具合はどう?」

 上半身を起こして窓の外をぼんやりと眺めていた少女に、桜子は声を掛けた。ビクッと身体を強張らせて桜子の方を向いた顔はまだ赤い。

「ここは……?」

「あたしの家。正確にはあたしと優一君の家だけどね。あなたが何かに追われているのを偶然見かけて追いかけたの。そして高熱を出して倒れたあなたをここまで運んで来た」

 少女は「……ありがとうございます」と、ぺこりと頭を下げた。

「いいのいいの。何だか放っておけなかったんだもん。……ところであなた、GENNYのHINA、だよね……?」

 桜子の問いかけに彼女は俯き、そして静かに頷いた。

「何かから逃げていたみたいだったけど……何があったの?」

 桜子は、HINAが何から逃げていたか知っていたが、あえて言わなかった。

 HINAは俯いたまま、黙り込んでしまった。

「じゃあ質問を変えるね。……あなた、誰の〈袖の花〉?」

 HINAは弾かれたように顔を上げた。その瞳は驚きと困惑で満ちている。『なぜそれを知っているの』と言わんばかりの分かりやすさだ。

「あなた……誰……?」

 HINAはベッドの上の華奢な身体を緊張で強張らせながら、恐る恐る訊ねた。

「はじめまして。あたしは真城桜子。儀同優一の〈袖の花〉よ」

 『儀同優一』の名前を聞いた瞬間、HINAの大きな瞳が見開かれた。

「儀同優一……“番犬”……」

 “番犬”という言葉がHINAの口から零れ出ると、今度は桜子が目を丸くした。そしてプッと吹き出した。

「ほんとにそのあだ名で呼ばれてるんだ!」

 そう言ってクスクスと笑う桜子を、HINAはぽかんと見つめていた。

「いや、どう見てもあれは“番犬”って顔じゃないなあと思って。どちらかと言うと、柴犬って感じじゃない?」

「柴犬……?」

「見れば分かるよ。今少し寝てるから、あとで見せてあげる」

 悪戯っぽく笑う桜子に、HINAもつられて小さく笑った。

「あ、そういえば。HINAちゃんが意識を失ってる間、服脱がせて身体拭いちゃったんだけど、そういうの嫌じゃなかった?あの土砂降りの中でずっと走ってたみたいだったから髪も服もずぶ濡れで、身体も冷え切ってたから……」

「大丈夫です。女の子同士なら……」

 HINAは少し恥ずかしそうに言った。もじもじと恥じらうその姿は、女の桜子から見ても可憐で可愛らしかった。

「それで……私が〈袖の花〉だと分かったんですね」

「うん。背中にアザがあったから」

 〈袖の花〉はみな、背中にアザを持っている。アザの形はそれぞれ異なり、溜まった“時間”が多くなるにつれてアザは広がっていく。ちなみに桜子のアザは花びらの形を模しており、HINAのアザは羽根の形をしていたようだ。

「ま、“番犬”の名を知ってるなら分かってると思うけど、優一君はもう〈狩り〉はしないから、あなたにも手を出さない。だから安心してゆっくり休んで」

 HINAはほっとして、また「ありがとうございます」と頭を下げた。

「もう少ししたらお粥持ってくるね。それまで寝てて」

 そう言って桜子は部屋を出て行った。

 HINAは、安心して力が抜け、起こした上半身を再びベッドに沈めた。額に手を当ててみると、まだ熱がある。頭も喉も痛い。相当ひどい風邪を引いたようだ。

「あの人たちのおかげで大分良くなったんだろうけど……」

 それでも昨夜は、どんなに雨に打たれても、ひどい風邪を引いても、逃げ切らなければならなかった。

 HINAは目を閉じた。意識が遠のいていく感じがする。

「迅様……」

 無意識にそう呟くと、心地良い睡魔に身を委ねた。




 携帯が鳴った。着信画面には「早乙女ツカサ」の名前が映し出されている。マネージャーだ。

 JINはすぐに通話ボタンを押して電話に出た。

「見つかったか」

『ダメだ、見つからない……!昨日の夜、渋谷を走っていたのを何人かに目撃されているが、どこに行ったかまでは掴めない』

「……そうか。何か分かったらすぐ連絡してくれ」

『了解』

 通話を切っってから、JINは大きく息を吐いた。目頭を押さえながら黒いソファにもたれかかる。

 また携帯が鳴った。「非通知」と映し出された着信画面を目を細めてじっと見つめた後、彼は通話ボタンを押した。

 受話口を耳に当てながら黙って様子を窺っていると、相手の方が口を開いた。

『こんにちは、“迅”さん』

 笑みを含んだ囁くような声に、JIN―――もとい天津風(あまつかぜ)迅は眉を顰めた。

「紅……!」

『声だけで分かってくれたなんて嬉しいなあ。さすが、ミュージシャンですね』

 顔は見えなくとも、電話の向こう側の彼の口元が皮肉に歪んでいるのが手に取るように分かる。

「ふざけるな。どういうつもりだ」

 静かな低い声には、押し殺された怒りが潜んでいた。

『何のことです?僕はただ、迅さんに今度の収録のことで相談したいことがあったので電話しただけですよ』

「白々しい嘘はやめろ。その気持ち悪い猫撫で声も」

 険を含んだ声で言うと、受話口から『ククッ……』と喉で笑う声が漏れた。

『冷たい先輩は嫌われるぜ、迅』

 先程の甘い声はどこへ行ったのか―――双海紅の甘い声は毒気を含んだ低い声に変わっていた。

「……どこへやった」

『あ?』

「あいつをどこへやったと聞いている」

 喉を鳴らして笑う声に、迅は目を細めた。

『焦ってるなあ、迅?てめーの悔しげに歪んだ顔を見られないのが残念だよ』

「もう一度聞く。あいつをどこへやった」

 迅の殺気はおそらく紅に届いている。というよりも、紅に届くように殺気を出していると言った方が正しいだろう。

『ハッ、知っててもてめーにだけは教えねえよ』

 迅は一方的に通話を切った。殺意を抑えられなくなったからではない―――もちろんそれもあるが―――一番欲しい情報が得られたからである。

 紅は彼女の行方を知らない。少なくとも紅のところにはいない。

 迅はそのままどこかへ電話をかけた。何度目かのコールで繋がった。

「ユキト、紅の周辺はラインから外していい。それ以外を捜せ」

『……了解』

 そしてどちらからともなく通話を切った。

 ユキトという青年は非常に無口であり、必要以上に口を開くことを好まない。

「迅様!出来ました!」

 いきなり誰かがバン、とドアを開けて入ってきた。両手の上には、オムライスが乗った皿がある。

「ミカゲ特製オムライスです!」

「すまないな。だがドアは静かに開けてくれ」

「すいません……ところで何か情報は入りました?」

「ああ。とりあえず紅のところにはいないことは分かった」

 迅がそう言うと、ミカゲという青年は、はあー、と安堵したように溜め息を吐いた。

「そうですか……」

 心底安心した様子のミカゲに、迅は小さく頷いた。

「だがそうも安心してはいられない。すぐにお前も行ってくれ。俺は日が暮れるまで動けない」

「分かりました!けどまずは、俺が作ったオムライス、食べてくださいね!」

ミカゲは皿を迅に渡すと、部屋を出て行った。

 迅はケチャップで描かれた「早乙女」という文字を見つめた。

「いつまでも……この文字だけは消せんな……」

 独りそう呟くと、「早乙女」を崩さないように黙々と食べ始めた。




「ちょっと出てくる」

「え、ちょっと、優一君!?」

 閉店作業に取り掛かってすぐ、優一はエプロンを脱いで出掛ける準備をし始めた。

「出てくるってどこに?」

「んー、すぐそこ」

 怪しい。桜子は目を細めて優一を睨んだ。

「すぐそこだったらあたしも……」

「大丈夫、大丈夫!閉店作業が終わる頃くらいには戻ってくるから!そしたら一緒に帰ろう」

 優一はニコッと笑いかけると、そそくさとドアを開けて出て行った。

「ちょ、それって……あたし一人で全部やれってことじゃない!」

 店長と二人きりになった店に彼女の声が空しく響いた。店長とは普段あまり話をしないだけに、気まずい。

 桜子は心の中で優一を罵った。

 一方優一はというと、夜の街をやや早足で歩いていた。

 夜の都会はいつにも増して賑やかで妖しい。

 優一は喧騒に紛れながら、何かを探すように視線を四方へ動かしながら歩いた。

 会社帰りのOL。酔っぱらった中年のサラリーマン。互いに寄り添いながら腕を絡ませ合ってのらりくらり歩くカップル。様々な人間がいる。いつもと変わらない風景だ。

「もしかするとと思ったが……いないか……?」

 誰に言うわけでなく独り呟くと、立ち止まって少し考えた。

 まだ危機感は感じていないのか?まさかあの子がいなくなったことに気付いていないわけではないだろう。もう少し探してみるか。いやしかし桜子ちゃんを一人残して来ている……。

 逡巡し、やはり引き返そうと優一が踵を返した瞬間、何かの気配を感じた。

 せわしなく視線を動かす。すると人混みの中から、優一が思っていた通りの人物が現れた。早い流れの中で、その人物の顔だけが明瞭に映っているような感覚を覚えた。

「……!」

“彼”もまた気配を感じたらしく、優一とすれ違った瞬間、その漆黒の瞳が少し揺らいだ。

優一と“彼”の間にゆっくりとした時間が流れた。

「……」

 しかし二人はお互い声を掛けることも、ましてや立ち止まることもせず、そのまま人の流れに身を任せた。

 優一はちらりと後ろを振り返ってみたが、その姿はもう見えなかった。

 黒い瞳。黒い髪。黒いロングコート。それに高い鼻梁に切れ長の目。予想していた通りの男だった。

 優一は微笑を浮かべると、桜子のもとへ急いだ。






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