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 たとえばそんなプロローグ。

 自分にとっては初めてでも、何百何千何万とありふれた出来事なんてのは死ぬほどある。殺したいほどある。高校の入学式とか最初の失恋とか死ぬときとか。他にもたくさん。

 吐き出したい言葉は罵倒ばかりで、それすら誰にも届かない。褒め言葉や善意など言わずもがな。僕は目覚めるといつも天井を見上げる。それは意味のある行為では決してなく、一々『ここはどこだ。ありふれたモーテルの』とやるわけでもない。ただ単純に起き上がるのがめんどくさい、眠ったままでいいのにどうして起きてしまったんだ、と自分か世界かを腐すだけの行為で、一言で云うと「あと五分」

「さて、起きよう」

 口にして、身を起こす。ゲームのコマンドのようだ。カーソルを動かし、『起きる』コマンドをクリック。そうしないと起きる気がしないのは、ともすればちょっとした病名がつくのかも知れない。だったら何なのだろう。今日日さしたる心的外傷もなく病名がつくのなんてよくあることだ。それは特別でも、ドラマチックでも何でもない。ありふれた、掃いて捨てる蟻の群れだ。

 ベッドから起き上がる。立ちくらみで、視界にノイズが走った。DVDの再生がもたついたときのような、カラフルなモザイクが一部に現れる。その画面には存在しないはずの色彩。それは一瞬のラグで、すぐに視界は正常になる。

 ほとんど自動的に服を着替え――つまり、それはたいしたこだわりもなく、そのあたりに畳んであった服を組み合わせただけのものだ――僕はスマホを手に取る。九時二十分。悪くない。カーテンを開け放ち、窓をあける。網戸越しに外の空気が流れ込んでくる。深呼吸。そう、余裕を持つことは大切だ。追い詰められて視野が狭くなると、とんでもないミスをおかすことがある。いや、もちろん、なんの前ぶりも脈絡も無く降りかかる災難はある。そんなのは、今更かな。

 前夜に準備してあった鞄をひっつかんで、僕は部屋を出る。産まれてから十七年過ごしてきた自宅。僕にとっては、「ありふれた一軒家だ」という元になる、まさにありふれた一軒家。その二階にある部屋から、階段を下り一階に降りる。すれ違えるようには出来ていない。玄関を出ると、そこは住宅街。

「それで?」

 家を出た途端、現れた花音に問いかける。すっと隣に並んで歩き始めた彼女は僕の言葉に頷くと、「あまり役に立つとは思えないけど」と前置きをした。そりゃそうだ。人捜しで、真剣な警察より有能な集団なんてない。真剣じゃない警察よりは、探偵の方がいいと思うけれど。猫よりは人の方が多少、個体差が見分けやすいし。

「私にリストをくれた人、一応、関係者だって。外注だから、って云ってたけど」

「なるほどね」

 僕は適当に頷いた。優奈――僕の妹を見つけることは、彼女の目的にも大いに関係がある。もし、本当に妹が自力で徘徊しているなら、それは「ネオアルカディアから戻ってきた人」だからだ。どうやって戻ってきたのか、それがわかるかも知れない。

 それにしたって、じゃあどうして起きてから姿をくらませたのか、あんなやせ細った身体で見つからないなんてあるのだろうか、とか疑問は山ほどある。妹を見つける事に於いて、つまり僕の目的において、僕らは協調できる。逆はない。

 それは協力か――? いや、互いを利用し合えるのなら、それを協力と呼んでもいいだろう。僕が役に立つのは、前提条件として妹が自分の意志で姿をくらましている場合に限られるが。妹は何を思い、どこへ消えたのか。今更になって、どうして。僕は自分が求めている物もわからない。妹を見つけて、何をしたいのか。帰ってこない人間を連れ戻す意味とはなんなのか。

 そういうことを考えたくなくて、堂々巡りの思考をぶっちぎるために、僕は妹を探す。『お兄ちゃん』と一言だけメールをうった彼女の意図もわからない。彼女は、何を望んでいるのか。彼女にはきっと彼女の思惑がある。そう、ここでも利用し合うだけだ。

 それでいい。もういいんだ。

 ネオ・アルカディアの主要メンバーには、それぞれ神の名のハンドルがふられている。主犯であり、現在彼女自身も昏睡状態の宮野香子に割り当てられたハンドルは『ヘラ』。これから僕らが会いに行くのは、テキスト担当の外注ライター、名前は『ヘルメス』今やネオ・アルカディアから弾き出され、社にも残っていない人間だ。ゲーム内にいたり死亡していたり、オリンポス十二神は既に半ば以上欠けている。

 一年半、進展がなかったのだ。今更、何かが変わるとは、あまり思えない。

 だからこれは自己満足だ。僕が、僕の話にカタをつける。それは世界とか現実とは関係しない。

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