Chapter02
Chapter2
01
不自然に意味はあるのだろうか。断絶された記憶。思い出せない何か。最近夢を見る。
「わたしの電波が、悠司に届いたらいいのに」
「届いたんじゃない?」
こんな日くらいは、と屋上へあがってきた授業中。僕らしくない非日常的な行動にときめいていると、僕の日常そのものの女が先に来ていてほほえみかけてきた。
「いつからそこにいたの?」
「去年、だっけ……?」
僕の問いに、そう云って首を傾げる。
「ずっと前、っていったら空が落ちてきてくれそうかな」
「たとえばそんなメルヘン?」
「わたしたちも、壊れてしまえばいいのに。そうすれば、電波が悠司に届きそうな気がする」
そういう茅尋の目は、退屈に濁った中二病患者のそれではあるけれども、それだけだ。向こう側へいけるなら、こんな場所で僕と話してはないだろう。類は何とか。偽物でしかない僕の周りには、偽物しかいない。妹はだから、僕からは遠い場所へいってしまった。
それでも。
茅尋の云う電波が僕に届くことは永遠にない。彼女もそんなことはわかりきっていて、それでも届いているという錯覚に陥っていたいというだけなのだ。僕が、目的も意義もないから、この堂々巡りの意識をぶっちぎって楽にしてほしい。マイナスよりはゼロが幸せなんだ、本当に。ということを『殺されたい』の六文字に短縮するのと同じだ、彼女の「電波が届いてほしい」は。理解はするものでもされるものでもない。得られるはずもない、永遠や愛と同じようなもの。それはただ届かない場所にあるだけの『カチュア』人工的にして超越的な、言語で表現しきれない理想的概念にすぎない。それを三次元である自分の脳内に持ってくるとき落とし、二次元である他人への言葉にするとき更に落ちる。相手の脳に復元してさらに歪み、それを戻せば果たして、元のカチュアがどれだけ残っているのだろうか。四次元、三次元、二次元、三次元、四次元と変換され屈折し、それでも本質が残るなんてのはおめでたい話だ。それが埋めがたい、僕らを隔てる壁だ。
その隔絶を踏まえて、永遠も理解もないままで、それでも多少はマシな居場所がほしい。ぬぐいきれない孤独を忘れてごまかして笑っていたい。現状それは君の隣で、せめて僕が死ぬまではそうであったらいいな、ということを、「すき」という二文字にする。もちろん、伝わるはずなんてない。
一歩も動けない僕は、誰の場所へも歩いて行けない。手をひかれればその方向へ動きはするだろうが、繋いだ手は離れるものだ。
一瞬一瞬は嘘じゃない。だけど、最後には全部変わってしまう。
屋上からは嫌味みたいに青い空がみえる。そしてクズのような街。そこには誰かが生きている。当たり前に。何万人が意識不明になったって世界は終わらない。人間の価値なんてそんなものだ。社会を回す歯車は供給過多で、量産品の僕たちは使い捨てカイロよりも軽い。
体温だって、その程度だ。
そんな街の景色の随分近く、校庭のむこうの校門に、今朝の女、如月花音がいた。しかもどうしてか僕に気づいたらしく、じっとこちらを見ていた。
「茅尋さぁ、運命とかって信じる?」
「ん? タイミング的な話? あるんじゃないの?」
「……そっか」
「なんかあったの?」
僕は花音から視線をきって茅尋に向き直る。
「昨日、妹がいなくなったって話したけど」
「うん」
「見つかると思う?」
「……ごめん、難しいと思う」
「素直はいいことだね」
「見つかるといいね、とは思う」
「僕もだよ。でも、自分で見つけようとは思わない。見つかると思えない」
「うん……警察よりも上手く人捜しが出来る人なんて、まずいないよ」
と、茅尋は僕を慰めるように云う。それは多分正解で、だけど僕は正解で救われなかった人間だ。多分、彼女も。
今更、今更だ。そう繰り返す。それもきっと、ただの正解だ。
堂々巡り。この思考をぶっちぎれる人間がいるとしたら、それは僕の世界の外側にいる人間だ。
賭けをしようと思った。もしも――。
そのとき、屋上の重い扉がでかい音を立てながら開いた。開け方を知らない人間の、ここに来ることになれていない人間の、開け方。
「御堂くん」
そう云って。
花音はそこにたっていた。