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03


 如月花音と名乗った彼女と、ファーストフードの店で向かい合う。周囲には結構人がいて、その中には制服姿もいくらか見つけられる。僕は自分の事を棚に上げて、サボりか、なんて思ったりして、そういえばこうして学校をサボるなんて僕にはなかなかない経験だな、ということを考えた。

「それで」

 と彼女が切り出すのを、僕は黙って促した。

「あの日――ネオ・アルカディアが閉じた日、あなたはログインしてた?」

「いいや」

「やっぱり、そうか……」

「どうして?」

 聞きたいことはたくさんあるように思う。ひとつ、どうして僕の名前を知っているのか。ふたつ、何故僕がネオ・アルカディアのアカウントを持っているとおもったのか。みっつ、なにがしたいのか。よっつ、君は誰か。

 前二つについてはなんとなくの見当がついている。不快だ。踏まえて問いかけた僕に彼女は頷いた。

「そう。ベータテストのリストをもっているの。それで、あの日、ネオ・アルカディアから出た人がいないかを探しているの」

「どうして、今更?」

 僕は期待を持って尋ねる。もしかしたら、彼女も僕と同じ状況なのでは? しかし何らかの理由で外へ出られたのなら、姿を消す理由がわからない。それだけは現状どうしようもない。

 けれど彼女はまっすぐに僕を見つめ、見当外れの事を口にした。

「あなたにとっては『今更』でも――私にとっては、今日だってずっと、あの日の続き」

 その瞬間、僕らの間には深く大きな溝があり、僕と彼女はどうやってもわかり合えはしないのだと悟った。

「私はあの日からずっと、探している。あの日ログインして、奇跡的に出てこられた人を。ベータテストに参加した人をひたすらに当たってる。時間はかかりすぎてるかも知れない。だけど、私はずっと前に向かっている」

 その言葉は嘘だった。嘘だったというのが間違いなら、欺瞞だった。前へ進むというのは、ゴールが決まっていて、そこを目指している時に使う言葉だ。ただ歩いているだけでは、前へとは云えない。

「だとしたら」

 と、僕は声を出す。それは不機嫌に聞こえただろうか。どうでもいいことだ。

「何もかも今更だ」

 云い切る。

「僕の代わりに、製品版は妹がプレイしていた。あの日もログインしていたよ。そして、目覚めないままだった。でもね」

「でも?」

「行方不明になった。昨日のことだ。意識不明のはずだったのに、いなくなった。なにもわからない。だからね」

 僕も、まっすぐに彼女を見つめる。それは言葉を投げつける行為だ。

「もう手遅れなんだ。今更だ。僕にはもう、理由がない。ネオ・アルカディアは、もう無関係なんだ。君が、君がもし、真っ先に僕の元を訪れていたのなら、そうでなくてもあと一人早く、一昨日までに僕に接触していたなら、僕らは協力できたかも知れない。いや、それでは手遅れか。半年前、僕がまだ、生きた呪縛に囚われていたのなら、僕は君と一緒に、妹を呼び覚ますために、たとえ答えが見えなくても、あがいたかも知れない。だけど、もう今更なんだよ。なにもかもが今更なんだ。もう妹は手の届かないところにいて、僕らの間には共通する目的がない」

 云いたいことだけを云って、席を立つ。自分はどうしてこんなにも不機嫌なのだろうかと考えて、ああ、そうだ、あの日に留まっていられる彼女がうらやましくて仕方ないのだ、と気づいた。自分は日常に呑まれ妹を過去にし、失った。けれど彼女はまだあの日のままだ。日常を捨てて、あの日に留まっている。

 時間とは川のようなものだ。変わらないでいる、というのは、なにもしない、というのは、流されていくことだ。世界と人間は変化する。それは意図したもので無くても、時間に、寿命と心が削り取られていくのだ。それを、もし同じ場所に留まろうとするのなら、川の流れと同じだけの速力がいる。それは不自然なことだ。無理矢理、ということだ。真に、過去の自分と同じというのは、後ろへ向けて変化し続けている、ということなのだ。そのことがうらやましかった。自分が望み、出来なかった生き方をしている彼女が、まぶしかった。

 可能性はあった。彼女とともに歩める可能性。けれどそれは過去のものだ。

 僕は日常へ帰っていく。何も変わらない。昨日までと変わらない、ただの日々へ。

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