Ⅲ刻 「初めての王都」
「つまりあの町は百年前から存在しない町なんだな?」
町を出たときは明るかったお日様も今はもう隠れてしまっている。
自己紹介を終えた自分を含む三人は、とりあえず野宿をし、情報交換を行っている最中である。正面に座るおじさま風紳士の名はジョゼフであり、隣でうつらうつら眠たそうにしている少女ルミアの付き人……所謂執事だ。
「戦争の際の空間魔術により、存在そのものが消されたと聞いたことがありますが……」
謎が深まるばかりだ。
ああも勢いよく町を飛び出したのに確かめにいくのも気が引ける。やむを得ず、この二人と行動を共にすることに決めたのだが……
「その話はともかく、黒之洲殿は……」
やはり、目の前の人間がありもしないところから来たと言いつつ、本人が元々居たところの事が分からないと言うのはおかしな話だ。
しかし、黙りこむ自分を見てか、何かしら事情があるのだと悟ってくれたらしい。
「まぁ、なにはともあれ都まで宜しくお願いします」
「こちらこそ、ところで黒之洲殿は何をしに都まで?」
ここはちゃんと本当のことを答えといた方が良いだろう。都へいってからお世話になる可能性もあるのだから。
「聖職者になりにいこうと。そちらは?」
するとジョゼフさんは納得げな顔をした。
「やはりそうでしたか。都へいく理由など段位継承する辺境貴族か聖職志願者くらいですな」
その口ぶりから察するに、都は自給自足的なところなのだろう。近くに町がないのもあり元々都に在住しているのかもしれない。
それにしてもこの世界の地図が余り頭に浮かばない。本当に他の町や都があるのだろうか。
「と、いいますとそちらは段位継承ですか?」
執事付きのお嬢様がいくなんてそれくらいだろう。
「それもありますが、お嬢様も聖職者を目指しておられるのですよ。日々努力されてますが、流石に倍率が百万倍ですから、受かったら御の字ですよ。」
その倍率に俺は思わずもとの世界で買ったオレンジジュースを吹いてしまった。もったいないもったいない。
「ところで黒之洲殿の持っているその飲み物は……」
「いやいやそんなのどうでもいいからっ! 百万!? 他の町からはそんな来ないんじゃ無かったのか?」
ついついその数字に言葉を羅列してしまう。
「そうですな、そもそもこの都にはおよそ五百万もの民がいるのですが聖職者は給料も良く、才能があれば平民でもなれるので皆毎年受けているのですよ。」
「そんなの受かるんですか?」
「一度落ちたものが受かるというのは余り聞きませんので外から来た我々の方が有利だとは言えますが」
そんなもんか……俺無事合格できるのかなあ。
というよりいったいどうやってそんな多くの試験を採点するんだろう。さらにはマチルダがいってた資格をなんとかすると言うのもあてにできなくなってしまった。
「まぁ、百聞は一見に如かず。自分の目で確かめてみますか……」
その後他愛のない話をし、安らかな睡眠へとついた。
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現在都までもうすぐというところだろうか。マチルダに貰った方位磁石?的なもののお陰で都の方向へは行けているはずだ。
(今日もまたあの夢か……)
最近よく同じ夢をみる。それも現実世界の時からだ……
最初はノイズだらけだったので"今日はやな夢見たなぁ"程度の事だったのだが、この世界に来てからと言うもの少しはっきりと見えてきたのである。
恐らくあれは人の死体だろう。それも女性、場所は荒れ地で横にたつ男性と共に顔まではみえなかった。一体なんなのだろう……
そんな事を考えているとルミアに声をかけられる。
「あなた、聖職者になろうとしてるんだって? 先に言っといてあげるけど、あなたじゃ無理よ」
「お嬢様! 黒之洲殿すみません……お嬢様も年頃の用でいらっしゃり言って良いことと悪いことの区別が……」
ジョゼフは申し分けなさそうな顔で謝っている。
まあ元々煽り耐性は高いので別に良いのだが……
「だって本当の事じゃないの! 最初は魔力を隠してるのかと思った。でもあなた魔力皆無じゃない。魔力が無きゃ聖職者になんてなれるはずないわ」
「それって本当なのですか、ジョゼフさん?」
するとジョゼフはまた申し分けなさそうな顔でうなずいた。
(本当にこの先大丈夫かなぁ)
そんな不安と共に都へと到着した。