Ⅱ刻 「聖職」
「つまるところ、それはわからんのじゃよ」
あれだけのものをみせられては、もう自分の脳じゃ情報を整理しきれない。
例え、あのまま逃げ出しても行くあてがないので、仕方なくセシルについていき、話を聞くことにした。
が、一つ目の質問……何故俺はここに来た?と言う問に対し、いきなりそう答えられてしまう。
「は? お前さっきまで物凄い知ってる感じで話してたじゃん! えっなに? 適当にいってたの?」
ものの数分前から飛雨が薄い屋根の瓦を勢い良く叩いている。よく学校の体育館で聞くような音だ。その音に混じりながら話を続ける。
「それは断じて違う。わしは先祖代々とあのゲートを守っとったんじゃ。それも古い書に書かれたことをずっとまもってな………。そもそもわしが呼んだわけじゃないしのぅ」
ずっと、というのがどれ程かは分からないが、その顔がとても長い間であると言うことを物語っている。
書には理由は書かれてないのか……
「あのさぁ、その書っていうやつには”ゲートから来たものは何かしら特殊能力がある”とかかいてねーの?」
異世界小説のお約束だ。そんな期待を胸に秘めていると……
「そんなことは書いてないのぅ。」
儚く、あっさりと否定された。
「まぁ、前の世界より適応してる空間だとは書いてあるがな」
我を失っていたから気が付かなかったが、確かに今思えば、ここから逃げた時も相当速かった気がする。体力が万全であれば、列車並みのスピード出んじゃねーか?
俺Tueeeeeeeeeeee!
と言える程でもないだろう。学校の体力テストは毎回DかCの運動音痴なのだから。少し適応したからって、そう都合良くはならないだろう。
でも言われると、言葉にしづらいが、前の世界より何だか心から筋肉まで力がみなぎるように感じる。
セシルにいれてもらった独特の香りがする茶を飲みほし、次の質問をしようとするが………
「お主、少し勘違いをしているんじゃないのか? 少し歴史から話すとしよう。そもそもこの世界にはただの人間はいなかったのじゃ」
えっ、じゃあここは獣ばかりだったのか?そうポカンとした表情をよまれたのか
「獣だけではない。エルフ、ゴブリン、ドワーフ、様々な種族も勿論おった。そこで五百年前に遡る。とある次元術師が禁忌である次元魔法を使ったのじゃ。それはあまりにも強過ぎる魔力故、人間界から数人の人間をよんでしまったんじゃ。その次元術師は死刑にされたが。その末裔がわしやこの子なのじゃよ。先代との契約により、町をでることは愚かあまり長い間協会を離れることすれできんのじゃよ」
と、いうことは二人は一生をこんな所で住まなければならないのだろうか?まるで囚人ではないか。
そう思うと何だか同情してきてしまう。外に出られないなんて……ニートだったら嬉しいことだろうが。
次元術師と言う単語が少し気になったが、話が進まなくなりそうなので置いておく。
まぁそれよりも、エルフとかって人型だけど人間と関係ない事に驚いた。
「じゃあその人間も俺がきたあのゲートから? いまはどうなってんだ?」
話はゲートに戻る。
「あのゲートはとっくに機能しないはずじゃった。だからお主がきたとき驚いたのじゃよ。それと五百年前の人間の方じゃが……東の小さな村で少しづつ繁栄しとるときいとる。」
やっとこの人が俺についてよく知らない理由が分かった。それにしても、前に来た人間は死刑にされてなかったのか……
「聞いている……というのはつまり見たことはないっていうことか」
流石に五百年前のことを知り得ることはできない。古書にそう書いてあるのなら、そうなんだろうと理解することにした。
「すまんのぅ。」
他にも様々なことを聞いたが、古書には重要な部分が滲んで読めなくなってしまっているらしく、余り良い情報は得られなかった。
ここまでの情報を整理するととこういう事だ。
――この世界に来たのはイレギュラー、この人達に頼る事も難しい。
こういう場合、ラノベの主人公なら元の世界に戻る為の旅をするのだろうが、なんの力もない俺が無闇に旅をしてもしょうがないだろう。
「ホントにかえれないの?」
「無理じゃ、メカニズムもなにもわからん。わしも契約があるから手助けもたかが知れる」
改めて、この世界での生活を考える。
特に前の世界に未練というものもない。そもそも俺はこういう世界に憧れてたのだから。
そこで一つの壁がぶちあたる。それは生活費だ。金がなければ話にならない。
「お金を稼げる所って無いんですか?」
「お主、もうこの世界に適応しとるのか!! むぅー、お金を稼ぐとなると二つの方法しかないのぅ」
「二つ?」
日本にいた時は多様な仕事があったので、この数には驚いた。やはりファンタジー、恐らくその二つはギルドと普通のお店と言ったところだろう。
「一つはパン屋などの、まぁ一般にいう普通の店じゃ」
どのみち、ここでその選択はかなり難しい。と、なるとギルドかぁ…… やはり冒険は避けて通れない道なのか。
「そして二つ目じゃが……こちらはやめた方がいい。」
「と、言ってももう冒険者になるしかないだろ」
そういうとマチルダは目にシワをよせ少し驚いた様子でこちらを見やる。
「お主が何故冒険者を知っとるかは分からんが、ここらで冒険者などいぬ。そもそも職業でもあらん。この地域一帯は魔物はおらんからのぅ」
――冒険者がいない!?
今の言い方だと他の地域には居るそうだが……つまり俺は金を稼ぐ方法が無いのか?
いや、まだ二つ目の方を聞いていない。
「話を戻すが、二つ目は聖職者になる事じゃ」
聖職、と言えば先ほど出てきた次元術師にも関係するのか?
「聖職というのは、つまり儂などの教会に務めるものや次元術師、その名の通り聖なる職じゃな。……が、しかしこれになるには相当な素質が必要じゃ。そもそも、都の役人に資格を貰わなきゃならん。」
自分に素質があるかは分らない。
しかしこれに賭けないとなると、ここで生きてく術が見つからなそうだ。
「俺それになりたいっす。てか、それ以外に方法ないですし……。なる方法教えて下さい!」
すると今までお茶を汲みに行っていたセシルが口を挟む。
「なるのって~相当ムズイわよ~。ここで雑用って手もあるしね~」
「いや、これ以上迷惑も掛けれませんし……」
「うむ、お主がそこまでいうなら話そう。別の世界から来たっていうのもあるし、もしかしたらってのもあるだろう。資格の方はこちらでなんとかしておこう」
――――やっとこの世界に来て一つ目の目標が一つ見つかった。
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今思えば、セシルって意外と可愛くなかったか? 口調はともかく、顔は相当な美人だった。
――もしかして俺、選択ミスったか?
雑用係といえども、あれほどの美人と生活出来るというのは、この上ない千載一隅のチャンスだただろう。
とはいえここまで来てしまってはもう引けない。
二つ目の目標はセシル達の契約を解くことにしよう!
そんな妄想とともに歩いているのは、先ほどいた町から東方向にあるセノールと呼ばれる森である。
魔物は出ないと言われたが、この世界に来てしまうぐらい奇妙なことが起きるのだから、1人で歩いていると心細い。
まぁ、この世界への適性?(これからは異世界ステータス補正、略して異補ステとしよう)というものがあるから、そん時はなんとかなるだろうが。
それにしてやも、のりでやるなんて言っちまったが、実際俺になれるのだろうか。
そもそも聖職なんて職業をさっき知ったばっかだしな……
詳しいことは向こうで教えてもらえるなんて言ってたが、どんな事をするんだろう?
絶えない疑問が頭を右往左往している。
しかしその疑問は何処か彼方へと一気に置いてかれた。
「おい、誰かいるのか!」
物凄い小さな音、しかし俺の異補ステされた耳はそれを見逃さなかった。
動物にしては規則的過ぎる、こそこそ身を隠しながら歩く音だ。足音は一つ……か?
異補ステの万能さがここまでだとは思わなかった。まさか脚だけじゃなく、耳までも活性化してるなんて。もしかして五体満足ならぬ五体超満足になってるのかもしれない……
やっぱこれチートじゃね?と内心にすきを見せた時、
「いやはや、お見事!尾行を見破られるのは久しぶりですな」
木の陰から現れたのは、割と長身の紳士っぽい老人だ。老人と言ってもオーラからはどことなく若さが漂う。
そしてさらにその後ろには、眩しさまで感じそうな、神々しい金髪の長髪ストレートでやや不機嫌な顔をしている少女がいた。足音は一つだったので正直驚く。
金髪美少女キターーーーーー
……というのはひとまず置いといて。
「ところで、なんで俺を尾行なんかした!」
すると先ほどの老人が、少女の方を向きながら少し戸惑った様子を見せ、答えた。
「実は道に迷ってしまいましてね……私奴は誰かに聞こうと申し上げたのですが、お嬢様が人に頼むなんて絶対に嫌だと申されまして……」
そんで、隠れてついて行くってことにした訳ね……。にしても、先ほどからお嬢様とやらの方はご機嫌斜めのご様子だ。
「全く……なんでこうなったのよ!あなたの警戒が薄過ぎたんじゃないの?」
「いえ、恐らくお嬢さ……いえ、このお方が耳に長けていたからだと思われます」
そう言って老人は俺の頭の上に付いている耳を指しながら言う。
「あの種族はカラミミ族でしょう。ここら辺では珍しいですが、身体能力が優れ、特に耳がいいと聞きますな。そうではありませぬか?」
「まぁそんなとこです……」
無論、俺はそんな種族ではない。
協会を出る時、セシルに無理やり付けられたのだ。
人間なんて滅多にその東の方にある村から出ないらしいので、一般市民ではもう伝説と噂されている。
そのため、ひょいひょい俺なんかが人間の姿なんて見せたら町が大混乱してしまうと言われた。
この耳を何故セシルが持っているのかは疑問だが、これをつけてるセシルを一度見てみたいなぁ~。
あぁもしそんなもの見られたら死んでも悔いなし。
そんなこんなで、俺はカラミミ族として行動することになったのだ。身体能力も高いらしいので、疑われる事も少ない。
現にこの人も、カラミミ族特有の聴力と解釈している。
「ところで、あなた達は何処へ向かうんですか?」
老人は少し驚いた表情でこちらを見やる。
「何処へ行くも何も、この森を歩いているということは都へ行くほか無いと思われましたが……他に町などありましたかな?」
「いや、だから直ぐ近くに町があんだろ? 俺はそこから来て都へ向かうんだよ。もしかしたら逆かもしんないだろ?」
「この近くは都以外有りませんぞ? 次に近くの町といえども数百キロはある。そもそもこの森と都は海と砂漠に囲まれています故、砂漠側から来たのならともかく、砂漠をそんな量の食料で越えるのは甚だ無理があると思えますが……都へ向かうのではないのですか?」
何を言ってんだ?
町がない?
一番長そうな樫の木があった。
その枝を伝い、森全体を見渡せる高さに着く。
目の前に映る光景はただ果てしなく続く森と砂漠だった……