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濃姫の回想

火矢の降り注ぐ本能寺で抗戦中の信長が矢を受けて引き込んだ後、代わって

応戦する事になってしまった御濃…その脳裏を過るのは?

 信長の手勢と光秀軍の乱戦は続く・・・。


「おのれ謀反者がぁっ!」キキィン!「この裏切り者め

ぇっ!」ズバァッ!「恥を知れぇっ!」ガァンッ!「ウ

ォォォォッ!」ドバドバァッ!「ウジ虫どもがぁっ!」

ドシュ!カシャッ!カキィィンッ!…


 御濃は光秀の軍勢に薙刀を振るいながらも信長と初対

面を果たした時と、その後の経緯の記憶を脳裏によぎら

せる。時は千五百四十九年、信長十六歳、御濃十五歳の

頃の事である。 

 幾度となく戦を繰り返した尾張と美濃が雪解けムード

を迎え和解に漕ぎ付け、両国の絆を深めんが為の縁談で

あった。


「ん?おミャァ…本当に道山の娘か?丈こそ有るんやが

似とらんやね…道山も兄貴の義龍もアレそやからワシャ

熊みてぇな女を宛がわれると思ってたんだでよ…。」


「私も信秀様が御公家様の様な方なので貴方様も?と、

考えておりましたが、よもや、この様な山犬の様な方と

は…ハッ!」


 と、御濃は言葉が過ぎたと思い口を噤んだ。


「ハハハ…山犬やか…構わへんよ…尾張なんて小国だで

ね…家臣は思いのほか少にゃーんだわ。だもんそやから

戦ん時は足軽頼みでよぉ…畏まった格好しとっても奴ら

にゃチョビっと示しがつかにゃーんだがね…。

 あ、そういや道山と義龍は仲好くしとるのか?」


「…ええ、わたくしもそればかりが気掛かりでして…な

にしろ父上ときたら下の兄・二人とは仲が良いんですけ

ど一番上の兄とは思いの外、険悪なもので…。」


「ほう…ほんなにやか…やけどオミャァはもう織田家の

モンだや…ワシが一生、面倒見てやるで大船に乗ったつ

もりでいてちょうだいや。に、しても道山めぇ…後で返

せ言うても、もう御濃は返さにゃぁからな…ハハハ。」


 典型的な政略的・縁談であったが二人は互いに一目惚

れ…時を経ずして添い遂げたが一年経ち、二年経ち…五

年が過ぎても子が出来ない…。

 血脈を絶やしてはならない大名家の御曹司である信長

は側室を娶らねばならなくなる。


 この時期、二人を取り巻く環境は激変を迎える。

 御濃の長兄・斎藤義龍が二人の弟を殺害し挙兵…実の

父親である斎藤道山と戦場(長良川の戦い)で相まみえ

る事に…。


「義龍の奴、血迷った様だてな…御濃!ワシが行って二

人の首根っこ捕まえて和睦させるから期待して待ってて

ちょうだゃあっ!」


 この時、信長は二千七百の兵を引き連れ、舅・道山を

支援すべく挙兵したが長良川の道すがら一万四千の兵で

待ち構えていた斎藤義龍に追い払われ、支援すら敵わな

いまま義父・斎藤道山を戦死(息の有る内に鼻やスネを

削ぐ拷問を受ける)させてしまう。

 信長としては面目丸潰れであった。多数の犠牲者を出

しつつ命からがら退却せざるを得ない状況に追い込まれ、

とある寺で束の間の休息を取る。


「これじゃ御濃に合わせる顔もにゃぁじゃにゃぁか…。」


 石段の最上段に腰掛け、一人項垂れていた。背後の境

内には満身創痍の兵達が呻きながらの雑魚寝状態で、動

ける者が手当てにあたってはいたが、その場で命を落と

す者も少なからずいた。 そこへ・・・


 ガシャン…ガシャン…ガシャン…ガシャン…と、一人

の兵が覚束ない足取りで近付くと石段を六段ほど降りて

俯く信長の顔を覗き込んで来た。全身、ナマスの様に切

り刻まれているうえに矢が心臓の位置と頭を貫いていて

生きてるはずの無い状態である。


「・・・グヘへへェ…なぁ…俺と組まねぇか?」


 これが魔族・ヘレスとの出会いであった。


 程無くして清州城の敷地内に信長以外は立ち入り禁止

の区域が設けられ、蔵が建てられた。

 信長とヘレスの間に契約が成立したためである。

 互いに自由に行き来出来る事にはなっていたがヘレス

が移動するところを見た者は居ない。

 そして…ほぼ同時期に信長暗殺計画を立てていた弟・

信勝が姿を消し、(信長に捉えられ生贄に差し出された)

家督は盤石なものとなった。

 そして、尾張と美濃は一触即発のまま五年が過ぎ、三

人の側室達は次々と子を産み、信長は二十五歳を前に三

男四女を設けてしまう。

 信長は御濃との関係は良好さを保っていたが、弟の信

勝を生贄として差し出す事を境に尾張弁を捨てていた。


 ヘレスを清州城に迎えて六年後…。


「チチチ…弥助!ホラおいで…弥助!」 


 ある時、妹の御市が可愛がっている猫に付いて行って

ヘレスの住む例の蔵に近付いてしまった。中から声が聞

こえる。


「おいでぇぇ…ケヘへへ…御市ちゃぁぁん?…おいでぇ

ぇぇ…ウェヘヘヘ…。」


 不気味に思いながらも御市は立ち入り厳禁の蔵に歩を

進めてしまう。が、その時…


「クォルァァァッ!御市ぃぃっ!その蔵に近付くなとぉ

!言うとろぉがぁぁっ!」


 信長が飛んで来て御市の袖を掴むと乱雑に引っ張り、

城に引き返させた。


「痛い!痛いぁい!兄上ぇっ!お放しください!痛ぉ御

座りまぁすぅぅっ!」


「信長様!如何なさったか存じませぬが、そんなに強く

引っ張ってはっ!」


 更にそれを見た御濃が飛んで来て諌めに掛かるも…。


「御濃!オミャッ…お前もだぁっ!この蔵にはワシ以外

が近付く事は許さん!小姓はもとより女中達にも伝えて

おけぇっ!分かったかぁっ!…分かったかぁぁぁっ!」


「ハッハィイィ!畏まりまして御座りまするぅぅっ!」


「フエェェェェェェッ…」


 御市は御濃に泣き付き、


「ハイハイ…もう大丈夫ですよぉ…。」


 御濃はそんな御市を抱擁した。


 信長が偏愛する御濃と御市の二人ですら、この怒られ

ようである。触らぬ神に祟り無し…とばかりに、その蔵

に近付く者は居ない。

 それ以前に「中には何かが居る…。」と、建造直後か

ら噂が立っていて、皆、気味悪がって蔵には寄り付こう

ともしていなかった。


 織田軍が不可解とも思える程の強さを発揮し始めたの

もこの頃のことである…。


「のう、ヘレスよ…今川・四万の兵に暴風雨でも宛がっ

てくれんかのぉ…。」


「容易い御用だ・・・グヘヘヘ…。」


 信長は桶狭間にて五千の兵で今川軍・四万を撃ち破る。

(直前、今川軍を暴風雨と土石流が襲った。)駿河を領

土に治め、近隣の戦国大名達を震撼させた。


「ヘレスよ…飛び道具…鉄砲を揃えたい…武器商人に話

は通るかのう…。」


「でぇ?…何丁、要るんだ?…」


「そうだのう…最低、二千丁…。」


「容易い…直ぐに手配させよう…ケヘヘヘ…。」


「ヘレスよ…御濃の兄、義龍…目障りなんだが何とかな

らんかのぉ…今となっては恐るるに足らんが堂々、攻め

ても……アレは御濃にとっては血の繋がった兄貴でもあ

るしのぉ…?」


「グヘヘヘ…容易い…密使にコレを渡して和睦の親書に

でも紛れ込ませろ…。」


 プチ…プチチ…と、ヘレスの目頭からウジ虫のような

モノ一匹だけ這い出て、それを摘まみ上げて信長に手渡

した。そのウジ虫は信長の掌の上で這っては転げ回る。

 それから直ちに信長から険悪であった義兄・斎藤義龍

に和睦の親書が送られた。当然、検閲は受けるのだが包

みからポトリとウジ虫が落ちても誰も気付かない。

 そのウジ虫は徐に脱皮して羽を生やして飛び立つと真

っ先に義龍の寝室へ向かう。標的の義龍を見出すと鼻の

穴から体内に侵入、義龍はものの六時間ほど七転八倒し

た後、血、泡を吹いて死亡(ヘレスの放った虫に内蔵を

食い潰された)した。


 御濃にその知らせが届くのに三日も要さなかった。彼

女は清州城で故郷の美濃方面の城窓の前に立ち、一人、

途方に暮れ、涙を浮かべる。短期間に骨肉の争いで父・

兄三人を全て失ってしまったことになる。そんな御濃に

信長が背後から語り掛ける。


「御濃…互いに難儀な家に生を受けたモノだのう…親兄

弟で覇権を巡り、憎み、殺し合うとは…。」


「いいえ…わたくしはそのように思いませぬ…。」


「何?・・・。」


「斎藤家に生を受けた故、織田家に嫁ぐ事が出来ましたか

ら…ただ、父・兄、共にわたくしには寵愛を注いでくれた

もので…。」


 この二年後…


 御濃が実の妹の様に思っていた御市が近江・浅井家へ

嫁ぐ事に…輿入れ行列と織田家・家臣団の総出が向かい

合う格好になっているが、そこに信長の姿は見えない。


「ふぅむ…こんな時に居らんとは…。」

「ホレ、ああいう人だもんそやから…。」


 と、囁き合う家臣も居る中…


「それじゃ御市ちゃん…近江に行っては凛と振る舞い、

織田家の名に恥じぬよう浅井に仕え、何よりお体には細

心、注意を払うのですよ…。」


「ハイ…わたくしは姉上という御手本を見、育ちました

故…それより姉上…兄上をこれよりも宜しくお願い致し

ますね…。」


 続けて御市は御濃に耳打ちし、


「兄上が好いてるのは姉上だけですよ…。」


 と言って、御濃に向けて満面の笑みを浮かべると輿籠

に乗り込んだ。


 パチパチパチ…「ウォォォォッ…」パチパチ…


 と、しんみりとした雰囲気は拭い切れないものの、家

臣や女中一同が歓声を上げつつ見送る。

 そんな皆に御市は一度だけ顔を出して手を振り、引き

込むと二度と振り返る事無く近江に向かった。


「御市ちゃぁぁん!元気でねぇぇぇ…。」


 御濃はそんな御市の乗り込む輿籠に何時までも手を振り

続けるのであった。


 御市の輿入れ行列が浅井家・小谷城に到着…小谷城へ続

く石段の下に止められ、御市が輿籠から出ると大勢の家臣

や女中が出迎えに出ていた。

 パチパチパチパチ「ウォォォォッ!」パチパチパチ…。

 こちらでも拍手の嵐であるが熱烈大歓迎ムード一色に沸

き立っており、特に若手・男子の家臣達は妙なまでにハイ

・テンションで浮足立ってさえいた。戦国一の美女とまで

評される御市には皆が皆、息を飲む。

 御市は彼等・彼女等に一礼すると一人のマトイを持つ随

行者Aの前に歩み寄り、まじまじと見つめた。

 被り傘からは厚手で純白の蚊帳が垂れていて顔は勿論、

胸のあたりまでがはスッポリ隠れているが、心なしかうろ

たえている様にも見える。暫し向かい合う御市と随行者A

…すると御市は涙をポロポロと零して切り出した。


「兄上…今まで御加護、頂き有難うございました…。」


「・・・っ!…気付いておったか…やはり血を分けた妹の

目は誤魔化せんかのぉ…いつぞやは手荒に扱って済まなん

だ…。」


「アレは私が立ち入ってはならぬ場所へ…」


「ワシが全て悪かったのよ…それより、お前が之より嫁ぐ

相手…石段の最上段に居るのが長政ぞ。

 中々の面構えであろう…アレもそうだが、ココは家臣や

女中もお前と同じような歳の頃の者が多い上、気立ての良

い者ばかりとの事…話し相手に不足は無かろう…良いか?

御市よ…織田家の名に恥じぬよう…」


「姉上にも言われました…それより姉上をぞんざいに扱わ

ば私が許しませんからね…。」


「フッ…お前に言われるまでも無いわ…さっ…輿入れ早々、

長政を待たすな…早ぉ行け…。」


 信長に一礼して踵を返し、石段の下まで来ると御市と歳

が同じくらいの少女が出迎える。


「女中の藤代紗枝と申します…これより使いのほどはわた

くしになんなりと御申しつけ下さい…。」


「紗枝さんですね…わたくしは尾張より御輿入れさせて頂

く市と申します。之より御鞭撻の程、お願い致します…。」


「こ、こちらこそ…さ…御手を…あっ…足元にお気をつけ

下さいね…。」


 と、紗枝は嬉しそうに御市の手を取る。心境としては転

入生を迎える時、妙に心弾むのと似たモノであろう。

 二人はゆっくりと石段を上がって行く…そんな二人を見

送る信長…純白で厚手の蚊帳の下に隠れていた表情は彼の

生涯を通じても、またと無い程、晴れやかなモノであった

という。


それから五年…

 

「信長ぁ…石山本願寺を…潰せぇ…。」


「・・・っ!」


 ヘレスが潰せと切り出した本願寺は越前・朝倉と親密な

関係でその朝倉家と盟約関係にあるのが御市の嫁いだ浅井

家であった。徳川家康も巻き込み大規模な戦闘に発展して

いく。そして… 

 

 御濃にその後も子は出来ない…自らの存在意義を保つ為

によく働いた。主な仕事は小姓や女中達の指導、統括であ

る。人望は厚く、家臣達に御濃を悪く言う者は居ない。 

 が…側室達の産んだ子達は自我が芽生え出すと、御濃に

辛く当った。廊下ですれ違って御濃が頭を垂れても無視…

特に二男の信雄と三男の信孝は呼び止めても「フンッ!」

と、ソッポを向いて答えない。

 子だけではなく側室達も御濃には余所余所しかった。側

室同士でヒソヒソ…と、井戸端会議をしているところへ御

濃が加わろうとすると…蜘蛛の子を散らすように退散する

など、御濃にとっては当惑せざるを得ない日々が続いた。

 が、御濃は信長に相談する事も無く、結果として問題の

収束は図れずにいた。


 そんな折…織田家・家臣の森可成よしなりが討ち死

に…嫡男・次男は親戚に引き取られ、三男の欄丸(六)を


「こやつ…運が良いのか悪いのか…貴様はワシが預かる事

になった…。来いっ!」


 信長は欄丸の襟首を掴むと清州城へ向かい、御濃の元に

連れて来た。


「お前も存じておる通り森の奴が討ち果てた…アレ三男坊

だが見てつかわせ…。」


「か、畏まりましてに御座りまする…。」


 御濃は二つ返事で了承するしかない。


 首根っこを掴む形で連れて来られ…小姓部屋に放り込ま

れたが六歳児の欄丸は何も出来ない。御濃の指示の元、小

姓達や女中達は忙しなく雑務をこなしていくが、六歳児・

欄丸は訳も分からずオロオロするばかり…御濃としては捨

て置く訳にもいかないのだが昨日の今日、いきなり置き去

りにされた六歳児をどう扱って良いか決めかねていた。

 が、御濃もそんな欄丸が気になって仕方がない。


「何やら、あの子…わたくしと同様の境遇…他人事とも思

えませぬ…。」


 と、御濃は思った。


 迷い子そのものの欄丸…今にも泣き出しそうであるが時

折り御濃と目が合うとニコッと微笑み(明らかに作り笑い)

掛ける。ある時、欄丸がコテンッ!と転んで立ち上がれず

にいると…


「アラアラ…大事は御座りませぬか?」


 と、御濃が駆け寄り手を差し出した…。


 六歳児・欄丸は父・長可の最後の出陣前に風呂で

言われていた。


 チャポ…チャポ…


「良いか欄丸…武士たる者…他人の施しは受けてはならん

…転んでも自ら起きよ…もし、手を差しのべられても容易

く取ってはならん…分かるな?フハハ…まだ難しいかぁ。」


「心配、及びましぇぬ…」


 亡き父の言いつけを守らんと欄丸は溢れそうなった涙を

拭い、膝の痛みを堪えて立ち上がる。


「申し訳御座りませぬ…わたくしが至りませんでした…貴

方には何をお願いしようかしら…そう…しばらくは、わた

くしに続いて小姓務めの手際の程をお見学遊ばせ…。」


 以来、御濃の後を衛星の様に付いて回る欄丸…御濃も欄

丸が転んだり箪笥や柱の角にぶつからない様、気を配る姿

は小姓や女中達からは本当の親子の様だと語り草となって

いった。



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