問答(前編)
本能寺にて明智光秀の襲撃を受けた信長、抗戦の最中に負傷…。
そこに一人の僧侶(霊)が表れる。
「ん?…何だ…坊主のクセに成仏せずにおったのか…人
の不幸は蜜の味というところかのう?見れば分かりよろ
う、是非に及ばずよ…その前にお前は誰だ?」
と、問い返す信長。
《私はこの寺を建立した日隆と申します…天上での審議
の結果、今一度あなたの心情を吟味せよ…との命が下り、
あなたと問答を重ねに参りました…如何なものですかな
?これまでの人生が走馬灯のように脳裏を駆け巡っては
参りませぬか?》
「確かに…半年前の晩に何を食うた?と、問われても今
なら答えられるは…話しには聞いておったが、こうも明
瞭とはのぉ…して、審議とは如何な為の審議か?。」
《この世…ひいては、あの世に至るまでが陰と陽から成
り立っておりまする…人の感情もしかり…通常において
は他界から四十九日後に天の審議を受けまする…審議と
言うは、各人の持つ心情が陽性か陰性かの審判に御座り
まするな…が、あなたの場合は特殊に御座ります故…死
後、この世に与えし影響が余りに多大に御座りまする…
急をいそぐ故、生を受けし時代、場所、環境をば鑑み、
この場でその吟味が執り行われるに至った次第…。》
「ん?…天の都合と言う事か?…手前勝手なモノよのう
…よかろう…包み隠すは無し!可能な限り返答に努めよ
うではないか…苦しゅうないで…申してみよ…。」
《あなたは先頭に立って世を乱していたようで、この乱
世の終結に一役、担って来られましたな…その真意は如
何ばかりにござりましょうや?》
「乱世の終結?有りえん…。目に見える見えぬを問わず
戦いに明け暮れてきた…知略、謀略、蛮行のかぎりを尽
くし、天も神も仏も無く、霊魂の不滅、来世の賞罰も無
い!故、気に留めず戦え、殺せ、奪い尽くせと家臣らに
も触れては回っておったしのう…家督争いに始まり以降
は戦火を拡大する一方であった…尾張が平定の次は美濃
…美濃の次は駿河、三河…その次は近江、越前、甲斐、
更には、この京を経て備中へ…それが済めばぁ…先へ進
むまで…領地は拡大する毎に戦は楽になって行った…其
れに抗う者…意見する者は撫で切りにして遣わせたぞ?
…坊主は言うに及ばず女・子供に至るまで…ククク…。」
《その反面、あなたの場合は謀反を起こされた家臣(兄・
信広、柴田勝家、松永秀久など)の方を再び徴用する行
いも見られますからな…審議の余地有りと判断が下った
次第…。》
「使えるモノは再び使うだけの事…包丁で指を切ったか
らと捨てる道理も有るまい…。」
《されど…一度や二度ではききますまい…貴方は実は裏
切るより裏切られる方が多い。》
「坊主というに分かっておらんのう…裏切る様、仕向け
る事もある…例えば十五代将軍・足利義昭…アレの兄で
十三第将軍の義輝…松永と三好の三人衆に殺されたワケ
だが義昭の奴め…ワシに追討してくれと泣き付いて来お
ってのう…ワシは快諾…三好は成敗してやったが松永を
家臣として召し抱えた…義昭としては憤懣やるかた無か
ったであろうな…武田や朝倉と呼応して弓を引いて来お
ったは…これに際して義弟の長政までが加わったは算段
外であったが全て討ち払って義昭からこの京を奪い取っ
てやったのよ…。」
《が、その後、楽市楽座と銘打って商工業者に朱印状を
与え余分な関所を撤廃し流通の活性化を図った…コレに
より食うや食わずの民を困窮から救ってもおりますから
な…世の支配層には好んで民に困窮を招く不心得者もお
りまする…それ等の輩に比ぶれば政{まつりごと}に関
しては賢明な面もお持ちであられる…。
が、今度の謀反においては貴方に原因が有る事も確か
…心当たりは御座りませぬか?》
「心当たりか…四方八方に有る…今度の謀反も光秀単独
ではなかろう…思えば奴に限らず腹に一物含んでいそう
な者…そんなモノなど有り過ぎて見当も付かん…と、言
った方が正しいか…背後に居るのは何者ぞ…イエズス…
サル…勝家…家康…義昭…朝廷…或いは…。」
《如何なる理由で側近中の側近である明智氏に謀反を起
こされたのでしょう?》
「フッ…時勢を感が見よ…謀反ごときは何時・誰が起こ
そうと何ら不思議は無い…そうだのう…ワシの期待から
来る重圧に耐えかねて…有りえん…他の家臣が粛清及び
追放処分を受ける様を見て臆した?・・・否…アレはそ
こまで腑抜けてはおらん。
が、察しはついておる…先日、奴には京料理を持て
成されたのだが味が薄い上に魚が腐っておっての…皆の
手前で蹴り倒し、足蹴にしてやった事の逆恨みかの?…
ククク…。」
《長年に渡って仕えて来た主君を討つにそのような些細
な事で御座りましょうや?》
「ん?…そう言えば丹波八上城の手前で城主の波多野を
捉えた際に奴の母も人質に取られておった…が、構わず
首を刎ねてやった事が有る…当然、奴の母も磔…それか
っ?」
《それも斬気の極みに御座りましょうが果たして個人的、
事の故で御座りましょうや?》
「お前こそ何が言いたい?この期に及んで説教か?」
と、問い返す信長。
《貴方はこの本能寺で如何な事をされるおつもりでした
かな?備中遠征に際しての道すがら宿泊する為のみでは
ありますまい…誰かを殺めんとしていたはず…。》
「フッ…家康の事か…七年ほど前になるかのぉ…奴との
同盟で甲斐の武田を滅ぼしてやった…迄は良いが領主を
失った甲斐を巡って相模の北条と越後の上杉が所有権を
主張してきおってのぉ…で、家康と三つ巴で争い始めた
のよ…ワシはこの内の勝者を疲弊している内に討つつも
りで静観を決めておった…で、家康め…まんまと甲斐を
手中に治めおったのよ…そうなると三河・甲斐と合わせ
たるや領土的にも勢力的にもワシと肩並ぶまでに肥えて
しまっての…同盟相手としては育ちが過ぎる…で、只今、
奴を討ち取れば労せずにそっくり甲斐と三河が一度に手
に入るという算段よ…甲斐から京までを押さえてしまえ
ば最北端の南部から最南端の島津も容易く支配下に置け
る…ん?…なるほど…合点がいった。光秀め…ワシと家
康を秤に掛けて操るに容易い家康を取ったという事か…」
《左様に御座りまする…して明智氏は徳川氏と共通して
統一及び天下大平の世を望んでおられる様に御座ります
るな…迷う余地すら有りますまい…。》
「天下大平?…うつけが!この日の本を治めたところで
そんなものが訪れるものか!海を隔てつつ直ぐ近くには
朝鮮半島が控え、その向こうには遥か強大な明が控えて
おる!イスパニアやポルトガルも何時までも大人しくし
ているとは到底思えん!万が一、それが実現したとしよ
う…人々は堕落し、愚鈍化し、腐敗・軟弱化するのみ!
諸外国には軽くあしらわれ!隷属化!搾取対象!果ては
侵略され根絶やしとされるであろう!また、領土等とい
うものは拡大した所でその先の近隣諸国と火種を抱える
のが真理というものぞ!して…貴様は何が言いたいのだ
?蛮行?が限りを尽くしたワシの最後をば高見が見物か
?大層な身分よのう…ククク…。」
《私めのことは天から下りし一本の糸とでも御思い下され…》