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懐刀

信長ごと炎上・倒壊した本能寺の本堂…連行される御濃と欄丸以下、小姓と女中が五十名…その最中、欄丸の取った行動とは?

 兵達は障気を吸い込んだ事と疲労で皆、意識はやや朦

朧としている…好機である。


「ランマルゥ…ポッシブルメンテ.(欄丸…まさか。)」


 連行される行列で欄丸の真後ろに居た弥助が、その挙

動に気付く…。

 弥助にも信長に召し抱えられた経緯が脳裏を過った。

 弥助はアフリカのモザン・ビーク出身で道理も人権も

何もない中、手錠と足枷を嵌められ、首に縄を掛けられ、

鉄格子に押し込められるという、猛獣さながらの扱いを

受けていて、所謂、人身売買という格好で奴隷船に放り

込まれたのが十二才の頃の事であった。

 船上を盥回しされる様に売り買いされ、あるイタリア

人宣教師に買い取られ、日本に辿り着いたのが二十五歳

の頃である。時は千五百七十九年、信長が京都を手中に

収めたばかりの頃であった。

 当時は南蛮人と言っても白人以外は目にする事のなか

った日本人にとって黒人は珍しく、弥助のいる南蛮寺(

教会)には黒人である彼を見たさに人だかりが出来るほ

どであり、当然、噂は信長の耳にも入ってしまう。

 そして雇い主であるイタリア人宣教師ごと信長に呼び

出され、一目見るなり信長に買い取られた。

 信長はまじまじと弥助の体を舐める様に見回した後、

開口一番…


「こざかしい…バテレンめ!大方、墨でも塗り込んでい

るのであろう!欄丸ぅっ!洗え!」


 直ぐに百八十七センチ百二十五キロの弥助の体が入る

風呂桶が用意されると御湯が注がれ、弥助は浸けられた。


「洗え!」


 という信長の号令の元、


「は!只今!」


 と、欄丸以下、小姓三人で弥助の体を手拭でゴシゴシ

と念入りに擦り初めると信長は食入る様に眺めた。当然、

体色に変化が見られるはずも無い。


「何をして居る!シッカリ洗わんか!…えぇぇい!じれ

ったい…貸せぇっ!」


 と、一人の小姓から手拭を奪い取ると自ら弥助の体を

洗い始めた。


 ゴシゴシゴシ…ジャポ!ジャポ!…ゴシゴシゴシ…ジ

ャポゴシゴシゴシ・・・


 が、信長が加わったところで結果は変わるはずも無い。

 弥助が擽ったさからクスクスと笑い始めると…「ン?」

と、信長もそれに気付く。


「ククク…フハハハ…ハハハハ…」


 と信長が笑い始めると、その場に居合わせる一同は同

時に笑い出した。傍から見れば滑稽な構図である事に気

付いたのである。


「欄丸!こ奴の羽織・袴を誂えよ…本日を以って召し抱

える事にしたわ。」


「御意…。」


 と、欄丸は直ぐに羽織と袴を持って来た。信長がバテ

レンから弥助を買い取った時点で予期していたのである。


「名は…そうだのう…弥助…弥助と名乗るが良い…。」


 と、その場で命名、御市の可愛がっていた猫と同じ名

前であった。


「良かったですね…其れがしの後に続いていれば良いで

す。」


 ほんの一瞬の間に弥助の脳裏にも、日本に辿り着いて

信長に召し抱えられた経緯と、その時の欄丸の屈託の無

い笑顔が走馬灯のように駆け巡った。

 その欄丸が腰を落として飛び出そうとしたその時であ

る。


 ガツゥンッ!


「グアァッ!」


 弥助が欄丸の後頭部を殴り付けると変わって飛び出し

てしまった。欄丸は堪らず、その場に蹲る。


「や、弥助ぇぇぇっ!」


 蹲りつつ顔を起こし、走り去る弥助の名を叫ぶ欄丸。


「エウ フィ コンプラァドゥ ポアッ! ノブナガ! 

トゥレス アノゥス アトレス! 、マス ア ディグ

ニディドゥッ! ヒュゥマナ フォイ メンティナッ!

(私は三年前、信長に買い取られたのだが彼は人間とし

ての尊厳は守ってくれたっ!)」


 と、叫びながら弥助は飛び出した。近くに居た兵の薙

刀を捥ぎ取るとガシャァッ!ガシャァッ!と園道の脇か

ら次々と伸びて来る剣や槍を打ち払いながら光秀めがけ

て走る。


「おおっ弥助が動いた!」「行けぇぇ!」「奴ならやれ

るぞおっ!」「光秀を討ち取れ!」「皆の者ぉ!光秀が

軍勢を抑えろ!」「ヨシッ!弥助を通せぇっ!」


 と、連行されていた小姓達も通路を開けようと総出で

光秀の兵達を押し退け弥助の通るスペースを開けにかか

った。そこをダンダンダンダンッ!と、百八十七センチ

百二十五キロの巨体が薙刀を振り被って走り込み、一気

に光秀との距離を縮める。


「ミツヒデ!イウ エラ ポア クエ エ トレイユ 

ノブナガッ!イムボア エル オ センホア アクレデ

ィテッセ イ ハビエ イスト!(光秀!何故、信長を

裏切った!彼は貴方を信じていたのに!)ハアアアァァ

ッ!」


 弥助が正門を抜けた。が、その時!


 ビュッ!シャラシャラシャラッガシャンッ!


 何者かが鎖分胴(鎖の両先端が分銅になってる武器で

片方に鎌が付属してるモノを鎖鎌という。)を弥助の足

元に投げ付け、それが両の足に絡み付いた。


 「アウッチッ!」

 

 ズデェェンッ!


 と弥助はその場に転倒してしまう。鎖分胴を投げ付け

たのは服部半蔵で彼は転倒し這いつくばる弥助の背中に

サッと跨り、顎を掴んで仰け反らせると脇差を喉元にあ

てがい引き斬ろうとした。

 

 その時、


「ま、待て!半蔵!斬るなっ!」


 と、光秀が制止するのを受けて半蔵の手が止まる。が、


 ダダッダァァンッ!


 又も何者かが弥助の背中から半蔵の肩を踏み台にして

飛び上がり、


「光秀ぇっ!覚悟ぉぉぉっ!」


 欄丸である。弥助に殴り倒されたが直ぐに後を追った

のである。空中で叫びつつ匕首を逆手に握り、光秀に踊

り掛からんとしていた。


「欄丸っ!…はぁぁぁ…。」


 それまで女中に肩を借りながらも意識は辛うじで保っ

ていた御濃だが欄丸が飛び出し、無数の槍の穂先が欄丸

を迎え討とうとしている様を見、再び昏倒してしまう。

 慌てて周りの小姓が支えに入った。

 飛び上がって匕首を突き下ろさんとした欄丸が落下し

始めたその時、フワッ!…欄丸の体が空中で静止、金縛

りに合った様に体急に言う事も聞かなった。


「これは一体どういう事かっ!何故、身動き取れず地面

にも落ちない!?」


 と、欄丸は声も上げられないが思った。それを見た者

も一様に驚愕の表情を隠せないが光秀と半蔵の二人だけ

は驚いている様には見えなかった。事のあらましを理解

しているようである。

 宙に浮いた状態から匕首も落としてしまいグググッ…

と意志に反して両腕を後ろ手に合わされると続いて数本

の紐がフワッフワフワッと、彼の体に飛び付くとシュル

シュルッ!と、巻き付いては縛り上げてしまった。

 続いて風呂敷が舞い降りて猿轡を噛ませるとスゥーと、

怪我をしないよう気使う如く、ゆっくりと地面に下ろさ

れる。


「フグググッフッ!フググググッ!」


 欄丸は身動き取れない上に訳も分からない。それを見

届けると半蔵も自ら襷がけにしていた縄を外すと弥助を

後ろ手に手早く縛り上げた。


「今、参られたか…果心居士…。」


 右手に視線を送る光秀。右側、外壁の角に一人の男が

立つ。 両手で内縛印を結ぶ神職の白い狩衣と紫の袴…

で、ありながら烏帽子は被っておらず長髪を後ろで結う

というような井出達である。


「不吉…今宵の半月も美しい…満ちる頃には如何な波乱

が起こりえようか…。」


 果心居士は内縛印を解いて光秀に軽く会釈をすると、

更け始めの夜空に浮かぶ月を見上げ声に出さずとも心の

中で思った。

 彼は念動力{サイコキネシス}の持ち主である。

 果心居士はゆったりとした足取りで光秀に歩み寄ると

視線を欄丸に移す。


「ン?信長に常時、付き添っていた小僧ではないか…

大きくなったな…。」


「ムグゥゥゥッ!フググググッ!」


「なるほど…紐の色が気に入らんのか…ならば、これで

どうだ…。」


 パチィンッ!と果心居士が指を鳴らすと紫色の紐が赤

色にパッと変わる。すると、「オォォ…。」と、それを

見た者達からどよめきが起こった。

 織田家の小姓や女中達は最後の抵抗も防がれ、光秀の

眼前に連行されていく。生存者は五十名ほどであるが皆

一様に後ろ手に縛られ、正座させられていった。


「光秀殿…こ奴等をば生かしておくは後に災いをもたら

しかねんと存じますが?…中には腕の立つ者も見受けら

れます故…。」


うつ伏せで這いつくばった弥助に跨り、左手で顎を掴

み、喉元に脇差を宛がったまま半蔵が光秀に問う。鎧・

甲冑は着込んでおらず、黒一色の羽織・袴姿である。


「斬るに及ばず…その者に至っては言語すらままならん

から報漏れの心配すら無用に御座る。が、捕縛した者は

皆、一時身柄は拘束せざるを得まい…。」


「が、こ奴等以外にも手勢は五十名あまり居りまする…

決して侮るべき数には御座らん。故、後に如何なる策を

弄するかも吟味しかねますが…。」


「案ずるに及ばん…この者達は小姓故、尾張に籠りきり

の為、十分な土地勘も無し…加えて手配致した牢屋敷も

頑強な作りである上に我が軍の手だれ達を配備に付ける

…鼠一匹、脱獄は敵うまい…。」


と、光秀は譲らない。これまでの戦国の習いと差別化

をはかりたいのである。


「・・・左様に御座るか…お主、命拾いした様に御座る

な…立て!」


 半蔵は口以上に目で疑問を投げ掛けるように光秀を見

詰めていたが小さく二度ほど頷くと思い直したように弥

助を見下ろしつつ、コン!と弥助の後頭部を軽く叩くと

立ち上がらせるが半蔵は何処となく安心したのか薄笑み

さえ浮かべていた。

 光秀も床几から腰を上げ、気を失って小姓達に担がれ

る御濃に視線を向け、織田家に仕えた経緯が否が応にも

脳裏を過ったが、その場から踵を返して立ち去った。

この後、光秀の判断で弥助のみ南蛮寺(教会)に預け

られ、一同は京都奉行所直轄の牢屋敷(男女、徒歩十分

ほど離れた場所に分けられている。)に一時軟禁される

事となった。


 本能寺・本殿の炎は明くる日の夕刻まで燃え続け、そ

の夜から明智軍による焼け跡の捜索が始まり更に明くる

日の正午の事である。

 

 ガタァン!バリバリッ!


 と、捜索・作業の音が響き渡る中、正門から少し手前

に置かれた床几に腰を下ろした光秀もその様子を見守る。

 そんな彼に一人の家臣である小林芳佐衛門が光秀に歩

み寄り、耳打ち…。


「の…信長の遺体に御座りまするが…残骸をば隈なく掻

き分け、探索が試みますれど…見当たり申さん…。」


 茫然自失に近い状態で終始、無表情であった光秀が一

瞬だけ眉を顰める。


 後にその芳佐衛門に光秀の様子を聞いてみた…。


「その時の光秀公に御座るか?う~ん…しくじった、或

は慙愧の念を抱いてるようには見えなかったで御座るな

ぁ…寧ろ、其れがしの報を聞いて安堵した・・・かのよ

うな?そう…まるで吉報を得たかのように御座りました。

あ、其れがし之より積み荷の点検に向かわねば成りませ

ぬ故・・・続きは後ほどという事で…しからば之にて失

礼つかまつり候・・・。」



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