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焼失

燃え盛る本能寺本殿で向き合う信長と魔物・ヘレス…その勝負の行方は?

 その時、ガタァンッ!という音と共に本堂の天井の一

部が割れ、燃え落ちると吸引力が低下する。

 天上のマンダラがスムーズに霊達を吸い上げていた勢

いが失われるのを見て左手{ヘレス}は深く鍵状に曲げ

ていた五指をピンと伸ばした。

 感情の起伏は指の曲がり具合に表れるようである。


『ゲッ!ゲハハハァッ!そぉかぁっ!この本堂ごと、天

井に掘り込まれたマンダラも燃え尽きちまえば効力も消

え去るって事かぁぁぁっ!もぉぉえろよ、もえろぉよぉ

ぉっ!っと♪』


 と、左手{ヘレス}は体を左右に揺らし歌い始めた。

 そんな時、犠牲者の霊達で本殿に居残って左手{ヘレ

ス}と信長の周りでその様子に見入っている者達も少な

からずいるのだが、その表情には信長の前に姿を表した

ばかり時の様な怒りや憎しみに満ちた様子は無い。


「ハァ…ハァ…た、立ち止まるでない…きっ貴様等と同

じ境遇の者は、数限り無く居るのだ…後がつかえている

っ!早々に行くべきところへ…行け…。」


 と、信長が声を掛けると一人一人の霊体が個別に光に

包まれると割と穏やかな表情で上を向いて天井に昇り始

めた。一つ、二つずつからペースを次第に上げていき、

ササァァァ…と、一斉に天井に彫り込まれているマンダ

ラの先へと昇って行く。

 が、一割、二割ほどであろうか…怒りや憎しみに満ち

た表情で信長を睨み付けている霊体も居るが光りではな

く、煙とも湯気とも付かない黒い影に包まれる。


《ヒェェェッ!》《たたっ助けてくれぇぇっ!》

《ウギャァッ!》《何ゆえにぃっ!》《またかぁっ!》

《覚えとけぇっ!》《先に地獄で待ってるぞぉっ!》


と、悲鳴や思いの丈の声を上げながら床の羽目板、裏側

にも彫り込まれているマンダラへと沈む者も居た。

 行きつく先は修羅か餓鬼か地獄かは誰にも分からない。


『グゥッ!…ど、どう足掻いたところで間に合うものか

っ!貴様が戦や処刑で殺めた者の数はこんなモノでは遥

かに及ばなぃぃ!逃げ切ったのはマァダ僅かばかりだぁ

っ!怨霊達が逃げ切る前にこの本堂は燃え落ちるぅっ!

ホレェッ!柱も軋みを上げとるぞぉぉっ!』


「貴様こそ!この本堂を吹き飛ばそうと思えば造作も無

かろう!あの手を触れずに物を動かす力はどうしたぁっ

!アレもマンダラの吸引力で封印されたのであろうっ!」


 そこから信長は掴んだ刀身を抉る様に捻った。鮮血が

飛び散る。と、同時に衣服にも炎が燃え移り、髷の解け

た髪も燃え、皮膚も焼けただれ、所々が捲れ上がる。

 それにともない火中や信長の肩の辺りからは続々と吹

き上がる様に犠牲者達の霊体は大気中に投げ出されてい

った。数が更に増えるのは怨みの念に縛られている霊な

ので信長が死に近付く程、執着の念から解放される為で

ある。そこで信長が更に刀を捻ると、


 ブファァァァァァッ!


 と、一気に夥しい数の霊達が炎または信長の肩の辺り

から飛び出していった。

 が、天上の一部が破損した為か吸い上げるペースが軽

減した為、霊達が本堂内に滞留してしまう。


《お、おい!》《大丈夫かっ!》《急げぇぇっ!》

《燃え落ちたら終わりらしいぞ!》《早くしろ!》

《先に行けっ!》《お主こそっ!》《猶予は無い!》


 と、譲り合いつつも先へ急いで行った。

 その時である。信長を背後から見守る様にに台座する

梵天の仏像(何故か煤に塗れていない)が眠りから覚め

るかの様にゆっくりと目を開ける。

 すると天井の一部が破損する以前以上の吸引力がマン

ダラから発動し始めた。


『グィギギギギィィィッ!な、何だこの力はぁぁっ!』


 左手{ヘレス}自身をも飲み込むような勢いである。

 信長が刀身を抉る度に大気中に投げ出される夥しい数

にのぼる犠牲者の霊体達は光に包まれると止まる事無く

天井に昇って行くその様は炭酸水の泡の様かもしれない。


『ククッ!クァァァァッ!のっ!飲まれて堪るかぁぁぁ

ぁぁっ!』


 と、左手{ヘレス}も天上に刻印されたマンダラの強

力な引力に必死で堪え続けた。

 魔物が天界に踏み込めば沸騰する御湯に氷を投げ込む

ように即、消滅である。


「で…あるか…天も早々に呼応する事が有るようだな…

では…コレならどうだぁぁっ!」


 と、信長は背後の仏像を一瞥すると更に刀身を押し込

むと刃が背中から突き抜けると同時にコレまで以上に信

長に憑り付いていた霊達が絞り出される様に宙に溢れる。

 其れ等も即座に光に包まれると天井に刻印されたマン

ダラの向こうへと吸い上げられていった。


『グギギギギィッ!なっ!何しやがるぅっ!キッ…キッ

ショォォォォッ!オ、オイィッ!貴様ぁ!貴様は俺に魂

を売ったんだぁっ!弟の信勝を皮切りになぁぁっ!その

盟約はどうするっ!魔族との盟約を反故にした奴なんか

前代未聞だぞぉぉぉっ!』


「このうつけ者がぁぁっ!盟約などというモノはぁっ!

破る為に有るのだぁぁぁっ!」


『ギャァァァァァァッ!ふっふざけるなぁぁぁっ!この

まま済むと思うなよぉぉぉっ!』


「貴様はいずれ天に囚われるっ!それとも今、ここで飲

まれてみるかぁぁぁっ!」


『ヒッ!ヒッギャァァアァァアァァァァッ!』


 ブシュゥゥンッ!


 信長の一喝とマンダラの引力に慄いた左手{ヘレス}は

その場から逃げ出す様に消えた。


「・・・・・・。」


 炎に包まれつつも其れを見届けた信長は視線を下げ黙祷

を捧げるような格好となる…。

 そして…ササァァァァァァ…と、信長の背負っていた業

(残留思念)は更に勢いを増して光に包まれると天井のマ

ンダラへと昇って行く(影に包まれ下って行く者も大勢居

るが)が、それは本堂が燃え落ちる前に急ぐようであった。


「人間…五十年…下天の内をくらぶればぁぁ…夢幻の如く

なりぃぃぃ…」


 信長は歌いつつ天上のマンダラに昇って行く者達を見送

り続ける。最後の一人まで…と、自らに課しているのだ。

 視線を下げ、魔界の瘴気を吸って意識を失っている者達

に視線を移す。

 遠くに居る光秀からだが召し抱えた日から共に修羅場を

潜り、最もと言って良いほど苦楽を共に過ごしたした男と

の月日が脳裏を過る。

 次に日々、甲斐甲斐しく雑務・庶務の仕事をこなしてく

れていた弥助を始めとする小姓や女中達一人一人を眺め…

最後に御濃と欄丸を交互に見続ける。

 

「欄丸よ…数、少ない気を許せる家臣・森可成を討たれ、

怒りで打ち振るえている時に初顔合わせ、睨み付けてやれ

ば震えておったのう…不安で一杯という面持ちではあった

が良くぞ、ここまで頼もしく成長してくれたものよ…。」

 

「御濃…否、濃姫よ…美濃からの輿入れ行列の輿籠から姿

を覘かせた時の初々しい姿は未だ忘れられん…そちの兄で

ある義龍を手に掛けた事は最後まで打ち明けられなんだ事

が心残りか…この本能寺で抗戦させてしまうとは夢にも思

わなんだ…あい済まん…。」


 と、信長は声に出さなかったが思った。二人との之まで

の日々が走馬灯のように駆け巡る。

 何より気がかりなのは二人を始めとする彼ら、彼女らの

今後であったが何の手立ても討てない事が歯がゆい。

 その最中、マンダラへ上がる霊の数が落ち着きを見せて

フッ…フフッ…と、数えられるほど減少し…フッ…っと、

信長は最後の魂を確認するや、


「日隆…。」


 と、呟く。精魂尽き果ててしまった信長はうつむき加減

であったが、再び活目して顔を上げると、


「キェェェェェェイッ!」


 掛け声と共に握った刀身を真横に引こうとした。

 が、その瞬間、


 ドシャァァァァァァァァァァッ!


 と信長の自害を認めないかのように本能寺本殿は崩壊し

た。その後も 炎の勢いに衰える気配は無く激しく燃え続

ける。 こうして戦国の魔人と評された織田信長は御濃や

欄丸、そして生き残った家来達の命とヘレスの魔力強化の

阻止と引き換えにこの世を去ったように思えた。

 本堂近くには辛うじで意識を保った者も数人いて一様に

思う。(アレでは助かる筈も無し・・・。)


夜明け前…


 障気を吸い込んで気を失っていた者達も目を覚まし始め

た。本堂の炎は以前、燃え続けている。その様を生き残っ

た家来達も光秀の兵も固まったまま見ていた。

 そこから戦闘にも押し問答にも移行する気配は無く、

光秀の兵達は生き残った数十人の小姓・女衆を光秀のもと

に連行して行く。光秀は重々しく立ち上がると正門前の床

几い戻り腰を下ろし燃え盛る本殿に見入る。が、そんな折、

欄丸は懐の匕首を握り締めた。

 

 ここから一気に正門前に居る光秀との間合いを詰め、一

突きにしようと考えているのである。



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