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悪夢

 ここは京都、夜になると他の土地では感じられない妖

しげな雰囲気が漂う。


「敵は本能寺に有り…。」


 その本能寺より程近い、とある雑木林で一万の兵が集

結する中、涼しげな容貌を持つ一人の男が呟く。

 男の名は明智光秀。この男の言う(敵)とは戦国の魔

人と異名をとり天下統一を目前にしていた男、織田信長。

 織田家の家臣でも際立って有能で信長からは全幅の信

頼を受けていた男である。

 

 一方、本能寺の来客用宿泊部屋…


 信長は一本の蝋燭に見入っていた。その表情は穏やか、

蝋に灯された火を眺めていると不思議と落ち着くのであ

る。彼はこれまで戦・処刑等で数万に及ぶ人間を死に追

いやっているのだが、その犠牲者達がしばしば夢に出て

来るのであった。

 どのような夢かと言うと一人、霧がかった小高い丘の

上に床几(武将が戦場や演習、行軍時の一服時等で座る

腰掛け台)を置いて腰掛け、自らの軍勢を一望している

ところから始まる。そこからは一人一人の姿は霧がかっ

ていて、よくは見えない。 

 が、号例も下していないのにも関わらず多くの兵達が

緩慢かつ愚鈍な足取りで丘に上がり始め、信長の元に集

合、次第にその姿を露わにしていくのであった。

 平素、足軽頼みの信長にとって一人一人の顔は馴染み

は薄い。しかし、明瞭に目視出来るまで近付いてくると

信長も目を見開いて、ただ立ち尽くす。

 そこに五体満足の者は居らず、自らの足で動く方がお

かしい状態なのである。

 槍が胴を貫き通した者、首の半分以上に刀を喰い込ま

せた者や矢を頭に突き立てている者…皆、一様に血みど

ろで体を小刻みに震わせているのであった。

 その合戦の戦死者達らしき群集は呻き声を上げながら

信長に詰め寄り…


「信長様ぁ…。」「信長ぁ…。」「御待ちを…。」

「お助けぇ…。」「痛いぃ…。」「お話が…。」

「その後は…。」「御意…御意…」「何処へ…。」


 など、名を呼ぶ者、苦痛を訴える者、指示を仰ぐ者と

各人が思い思いの声を上げ、歩を進め続ける。

 そして、その群集の中から一人の男が抜け駆ける様に

歩み出て信長の正面に立ちはだかった。

 兜や鎧・甲冑は纏っておらず、羽織り袴姿であり、髷

の落ちた総髪の髪は顔を覆い隠していた。が、その男は

徐に髪をたくし上げて自らの顔を露わにする。

 見れば傷だらけで白骨化した状態の顔なのだが顎を震

わせながら一言、信長に問いかけてきた。


「あ…兄上…何故、あのような惨い仕打ちを…。」


「のっ!信勝かっ!?」


「兄上ぇぇ…兄上ぇぇ…」


 と、その白骨化した遺体が信長に詰め寄る。


「むぅっ!く、来るなぁっ!」


 信長は叫んでその場を走り去るのだが、その後、信

勝を始めとする満身創痍で血みどろの兵の群集が追っ

て来れない事を確認出来ると立ち止まる。

 が、橋を渡った覚えは無いにも関わらず外堀の池の

様なモノ(楕円形)に囲まれている事に気が付き、近

付いて水面を見つめているとスゥゥ…と、血液の様な

赤い液体の斑点が浮かび上がった。

 当初は一点だったモノだが見る見る内に拡大、アッ

と言う間に血の池とかしてしまい、そこから


 ジャポン…ジャポン…


 と、 人の頭らしきモノが浮かんでは沈む。一人一

人、浮かんだ瞬間は信長を恨めしそうに凝視している

だけなのだが、時を追う毎に表情は険しくなっていき、

怒りや憎しみを露わにしつつ動きも激しさを加え、頭

数も増えていく一方であった。

 

 バシャバシャバシャバシャバシャァァッ!


 と、夥しい数の人々が血しぶきを飛ばしながらその

血の池で溺れ、もがき苦しみ、一人一人が浮かんでは

何かを言い放ったり悲鳴の様なモノを上げては沈み込

む…。


「苦しぃっ!」「助けてくれぇっ!」「信長様ぁっ!」

「ヒャァッ!」「グギャァ!」「死にたくないぃ…。」

 

 信長がその光景を見、固唾を飲んでいると血の池が

突如として火柱を上げて燃え盛る。

 

 ブファァァァッ!


「ギャァァァァァァァァッ!」


 という叫びにもならない叫び声が上がり信長も立ち

去りたくとも四方、火の池で囲まれ、それと同時に走

れないし立ち上がれもしない。

 続いて火の池から全身火達磨の群集が続々と信長の

居る中州へ上がり始め、動けずにいる彼の四方・八方

を緩慢ながら囲んでは…


「熱いぃ…」「助けてくれぇ…」「何で火なんか点け

たんだぁ…」「お前も燃えろぉ…」「熱いよぉ…」


 と、皆は彼に苦痛を訴えつつ、にじり寄り…


「来るなぁぁっ!」


 と、叫んだところで悪夢は終わり目を覚ますのが恒

例であった。寝巻きは汗でグッショリである。

 そんな夜が三月ほど続いた。が、この蝋燭の灯かり

を眺めてから床に付く儀式の様なものを習慣化させて

からはというもの不思議と悪夢を見る確率が減ったの

である。 

 彼は平静さを得、(あくまで一時的だが)落ち着い

たところでフッ…と、蝋燭に息を吹き掛け火を消し、

この夜は一先ず床に付いた。




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