6.レディーコンスタンス
草の汁を絞ったような青々とした水汲み場の水、レオノワはそれをすくって白乳の肌を濯いだ
真似して瑠璃のそれを掬おうとした野良猫が、刺すような冷たさに思わず手を引っ込める
油汚れでギトついたモップをよく洗い、壁にかけて水をしっかりと落とす
レオノワの一日は早い
目覚ましは鶏の鳴き声、その声でたいてい飛び起きる
けれどたまに二度寝して、そうすればクロニカが起こしにくるまで寝こけることもしばしば
無事に起きられた日はまず、朝の祈りを捧げる、これはここにきて欠かさず行ってきた決まり
朝食の準備は、順番だが、今日はレオノワの番であった。
鶯豆のスープと庭で取れた野菜のサラダ、昨日から寝かせて置いたぶどうパン、隣の奥様から頂いたヤギのミル
パンを焼いている間に、他のシスターの洗濯も済ませよう
洗いたての白いシーツ、パリッとした色選り取りの衣服、パンと両手で空気を抜いて
天に向かって皺一つ無く干しあげる事の、なんと気持ち良いことか
ああ、今日もいい天気、風に乗って先ほどのパンの香ばしいにおいも漂ってくる
レオノワは人数分のマロウブルーに砂糖を二杯入れ、スプーンでかき混ぜる
その視界の隅でまた一つアカシアがほろほろと散っていくのを見た
村の草花は潮風を引いて美しくそよぎ、レオノワはまた一日、村人の健やかを祈った
午後になったら、秘密に作ったワッフルを持って村の奥まった所に咲く見事な彼岸花を見に行こう
うん、そうしよう
ああ、でも今日のワッフルはよく焼けた、自信作だ
朝食までまだまだあるし、食べてしまおうか
…だめだめ、これは午後のおやつだ、それに今食べているところを見られたら、きっと怒られる
でも、ああおいしそう、おなかの虫もうるさい
えい!食べてしまおう!
「レオノワ、起きてください」
「…、ぃしい…ふ、あ…まぃ」
「…レオノワ!レオノワ!!」
「…!は、はあい!」
肩をゆすられて頬を叩かれ、怒号のような声にレオノワはようやく飛び起きた
目を擦って、勝手に飛び回る焦点を戻す
わ、と声が漏れる
目の前に広がるのは、草原でも教会でも、アップルパイでもない
重厚な室内、輝くばかりに磨かれた室内
大きなベット、ドア付近に控えるメイド、それから
「よだれ、さっさとお拭きなさい」
「すみません、レディーコンスタンス」
そう、レディーコンスタンス
スノウが付けたレオノワの教育係
あの事実を知って一週間レオノワの毎日はめまぐるしく変わった
宿舎から馬車を走らせて二日ばかり、帝都から馬を走らせて半日くらいの栄えた街、その中でも一番豪勢な屋敷にレオノワが来たのは三日ほど前になるだろうか
ここはスノウの数ある屋敷の一つだという。
感傷にひたる間もなくスノウはレオノワにレディーコンスタンスを紹介した。
きっちりとひっ詰めた髪、ビンの底のようなメガネ、少し古めのドレス、バッスルは山のように高い
たいていの人間とうまく付き合えると自信のあるレオノワであったが、レオノワを下から上まで眺めたコンスタンスは言い放った
『ああ、スノウ様…こんな泥だらけの娘に一か月で教育を叩きこめなんて、おいたわしゅうございます』
そしてレオノワは心はぽっきりと折れた
「朝食の後、本日のお授業は、レディーの言葉使いをマスターする授業を行います、そのあと歴史、数学と続き、お昼ご飯を召し上がってください、それから午後はダンスの授業をいたします」
「歴史はともかく数学なんていらないんじゃ…」
「でしたら、おやめになりますか?紳士の皆様方とお話しされた時、お里が知れてもよろしいなら」
「…やります」
「では、お早くお支度願います」
ああ、牧師様、母を連れて教会に帰れる日はいったいいつの事になるでしょう




